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金柑の花の香り



暑い盛りの気だるい夏の昼休み 屋外に木陰を求めてデイゴの樹のそばで憩っていると
蜂の羽音につられて向けた鼻先が 金柑の香りを嗅ぎ分けました。






百日紅の樹の脇に 目立たないように咲く小さな白い花。
この小さな白い5弁の花から漂う独特の香りは どの花の香りよりも色濃く
私の記憶の琴線を響かせます。






例えば 倍賞千恵子が歌った 「下町の太陽」 を聴くとき
決まって思い出す悲しい景色があります。

西大路の街路樹プラタナスの幹皮を指先で触れるとき
決まってこみ上げてくる悔恨の念があります。

いずれも極めて個人的な感情です。

そういう錠のような想い出は
誰の胸にも宿っているはずです。






金柑の花の匂いは 万人の好む香りとは言いがたいですが
私には蚕が紡ぐ繭に閉じ込められたような
ねんねこの中の籠ったような
複雑でほろ苦い想い出の香りです。




トップへ Nobuhiko Yamada