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ネムノキ



『 いつもそこにあったものなのに、改めてその存在にはっとさせられることがある。
例えば梅雨のまっただ中、川沿いの道など歩いていて、
足下に薄手のピンクのハンカチーフのようなものが 一面散り敷かれているのを見たとき。
思わず頭上を見上げると、そこにはネムノキが薄紅色の夢のような花を、
樹冠いっぱい煙るようにつけている。 』


これは、梨木香歩著 「ぐるりのこと」 の中の、 「大地へ」 の章の出だし文です。





『 その梅雨の後半、ネムノキは土手に、こちらとあちらの境界線の線上に、
ぼんやりした夢のような花をつけるのだ。
そしてその下を通ると、その綿菓子のような花が、
儚げな薄紅色を大地に返してゆくのを見る。
美しい夢もまた、真摯な祈りに似て大地を構成してゆく一部になる。 花の還る大地。』






私たちのネムノキも、大きく育ちました。

梅雨のこの時期になると 忘れずに、梨木香歩が表現する “綿菓子のような” 花を
“樹冠いっぱい煙るように” 咲かせてくれます。

でも、あまりに大きく育ったために その花の存在は判りにくく、
ただ 歩道を埋める “綿菓子”の惨めな遺骨から、
あれっと 見上げさせられるのみです。

ここには 残念ながら、 “花の還る大地” はありません。



「 上から見ると きれいですよ 」 と、
お隣の宮田さんに教えてもらって 二階の設計室から眺めると、
ネムノキの樹冠は そのまだ上に伸び、
それでも そのすそ野を覆い尽くす “綿菓子” が
目を楽しませてくれます。


花の存在は見えにくくても、その香りは ネムノキの下を通るとき 気づくことができます。
くちなしの花の香りを 高原の風で薄めたような、さわやかな香りです。



ほんとに 大きく育ってくれました。
ネムノキは もう、このささやかな敷地に溶け込んだ なくてはならない存在になりました。





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