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大和川温泉のおかん

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「知り合いが出ている番組が放映される」との情報をいただいて観た NHKテレビ番組
“HV ふるさと発信=わしらのみこし川を渡れ!大阪・住吉大社の夏祭り”(9/23NHK総合:再放送)が、 大変感銘深かったので 紹介を兼ねて「町工場おやじの持論・自説」第一回にて述べてみたい。


住吉大社のみこしは 以前は地域の担ぎ手らによって 大和川を大阪側の安立地区から堺側の並松地区へ担がれて渡っていたが、時代の流れでここ半世紀 みこしはトラックに載せられて大和橋を渡るようになっていた。
今年8月1日、みこしは再び人の手で大和川を渡ったのであるが この快挙に隠された地域の人々の思いと 行動を綴ったドキュメントである。


堺の並松町にある大和川温泉は、数年前にご主人が亡くなってから その奥さんが切り盛りしてこられたが、高速道路建設で並松地区の住人が減っていく時代の流れに逆らえず 8ヶ月前に廃業していた。
大和川温泉の息子さんも 2年前から よその地区で働くようになていた。

ところが 今年の住吉大社の夏祭りには、みこしの大和川渡りを 50年振りに復活する話が持ち上がり、並松地区に育った彼は そのリーダーとして、川渡りの復活を支えようと決心する。
彼のお母さん、つまり大和川温泉のおかみさんはその話を聞いて、8月1日の みこし川渡りの担ぎ手達を 温泉の湯でねぎらいたいと考える。
大和川温泉 最後のご奉仕と考えたのだ。

8ヶ月間使われていなかった温泉は、夏祭り本番の2日前になって釜場への水漏れが発生する。
それでも おかみさんは諦めない。湯船まわりの床を磨き、薪を蓄えて本番を待つ。

祭り当日、みこしは京都の担ぎ手助っ人にも助けられ 無事大和川を担がれて渡った。
その夜遅く 並松地区の担ぎ手達の汗だくのからだは、おかみさんの沸かした大和川温泉の湯で癒された。


この話には、大阪の安立商店街の衰退をうれう地元民の復活への熱い思い、堺の並松地区をふるさとと思う住民の 寂れ行く地域社会の回復願望が、その底辺に敷かれている。
そして 大和川温泉のおかみさんの行動は、地域に溶け込んだあたたかい一庶民の 時代の流れに対する おだやかで ささやかな 抵抗のように思える。


小泉純一郎という 稀に見る個性に導かれたこの5年間の日本は、バブル崩壊後の沈滞景気を 見事に克服したかにうたわれている。これを全面的に否定はできないが、弱きものへの配慮を欠いていたことは事実である。
古いものを壊さなければ新しいものが生まれないということは 確かに存在するし、また そうせねばならない場合もある。
しかし 新しいものばかりで人間の心は安寧を見つけられるだろうか。
古いものを守ることは、人の心を癒す環境を守ることでもある。
古いものを守るには、一見無駄なことを 面白くも無くこつこつと続けなければならない場面が多い。
自由主義経済からみれば 弱肉強食の餌食になる最たる対象が、こういう「古臭い」弱いことなのである。
当然、古いものに のほほんと安住しているものは、厳しく淘汰されなければならない。古いなかに自己研鑽で、より高いレベルに達したもののみが 認められ保護され生き残る。
それでもなお 容赦ない資本主義社会は、こういう貴重な古さをも「もうけ」という側面だけで切り捨ててしまうのだ。
だからこそ 政治がこういう弱いものを 守らなければならない。


大和川温泉のおかんは、声高に時代の無情を嘆いてなどいない。むしろ 時代の流れを慎ましく受け容れている。
何もできないのを承知でいうのだが、こういういとおしい市井の人を何とかして守ってあげたいと思うのだ。
それを政治に期待するのは 間違っているだろうか。

大和川温泉のおかんのような「おかん」が この日本にたくさんいてくれる限り、彼女らに育てられた子供たちが この大切な日本を救ってくれるような気がする。

来年も また再来年もずーっと 住吉大社のみこしが 地域住民の担ぎ手で大和川を渡ることを 心から願っている。

<住吉大社ホームページ>
http://www.sumiyoshitaisya.net/
夏祭り『神輿渡御祭(みこしとぎょさい)』