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夜長 本読む

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釣瓶落しとまでは いかなくても、日の暮れるのが めっぽう速く感じるようになりました。

9月は、長月。


「夜長 本読む」
これは、森岡峻山先生に習字を習いだした頃、お手本に書いてもらった字です。
この字を 何べんも何べんも書いて、初めて龍門社書展に出しました。
50年以上も前のことです。

京都美術館に 自分が書いた字を展示してもらえるのがうれしくて、一生けんめい練習しました。
安表装の自分の字の前に佇んでいた その後から、 峻山先生が掛けてくださった言葉が、 大げさな言い方ですが、その後の自分の生き方を 大きく左右しました。

「なかなか 良う書けてる」

習い事の続かないことで 家族の間では有名だったわたしが、社会人になる24歳まで 習字を続けられたのも、本を読むのが大好きになったのも、峻山先生の あのひと言のおかげです。


就職が決まってからも、最後のお稽古に室町六角の教室に 何回か通いました。
暮れも押し迫った頃だと 記憶しています。
教室の大きなガラス障子から見える 見慣れた広いお庭が、うっすら雪で覆われていました。

「篆書まで行かんのに名前をあげるのは、あんたがはじめてや」

そう言って、わたしに 『秀山』 という名前をくださいました。
就職祝いの意味もあったのでしょうが、長いあいだ習いつづけたことの、ご褒美だったと思います。

楷書、行書、草書、隷書まで 峻山先生に教えていただいたのに、先生の書の真髄である篆書を 習わず仕舞になったことが、悔やまれます。

その後、本格的に書道に親しむことは ありませんでした。

「夜長 本読む」
秋が肌に感じる頃になると、この字を思い出します。