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橋をかける

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戦後最大の政変といわれる政権交代が、実現した。
それも、クーデターで ではなく、選挙という 民主主義の基本によって である。
有権者の多くが、初めて一票の重みを感じ、初めて真剣に政治家の言動に関心を持って、である。

新政権への期待というよりも 先の政権与党への不満から 実現した政権交代ではあっても、国民のはっきりした意志で 実現した政権交代であることに、間違いはない。
誇らしい出来事である。


わたしは この政権交代の事実を、いろんな意味で 高く評価する。
単に 腐りきった自民党に大きなお灸を据えるといった 小手先の変革ではなく、日本人の価値観、なにが一番大切なのか、ひいては、次の世代の子供たちに この国をどういう国として残したいのか、といった 日本人の根っこと翼(美智子皇后のご講演 「橋をかける」から引用させていただいた言葉) に関わる、大きな意識変革の現れが、今回の総選挙の結果であった。

その変革を象徴する表現には、さまざまな思いがこもっている。

たとえば・・・
国民の血税を コンクリートに流し込むのではなく 命の救済に注いで欲しい、
大金は得られずとも 仕事に誇りを持ち それをやりぬくことで 安定した生活が営める国であってほしい、
正直者がバカをみるような世の中だけには したくない、
子供たちに きれいな水と森を残し 諸外国に尊敬される国のあり方を 示したい・・・

これらの声からは、これまでの右肩上り の成長下での枠組みとは根底から異なる、新しい国の価値観が求められている。
そのリーダーとして われわれは、鳩山由紀夫氏を選んだ。


ずっと以前、『育児の百科』で有名な育児評論家の松田道雄氏が 毎日新聞に寄稿した 「貧乏と貧乏の感じ」という文章が、わたしの頭の片隅に 印象的にある。
それは、レーニンという職業革命家がロシア革命を成し遂げたエッセンスを、そのあたりの知識に乏しいわたしにも 判りやすく説いた短文であった。

横一列の貧乏は それ自体では革命の原動力にはならない、貧乏人が 比較して自分は貧乏人であると自覚できる格差社会があって はじめて “貧乏の感じ”が生まれ、窮乏のプロレタリアという意識が 革命の原動力となるのだ、というような内容だったと記憶する。

格差社会とは、かくも物騒な状態なのである。

なぜ 「貧乏と貧乏の感じ」という寄稿文を思い出したか というと、先日 ある報道で 『自民再生の道を探る』という番組があり、その中で 元自民党幹事長の野中広務氏が 格差社会について わたしと同じ思いを語っていたからである。

この日本は 自民党がまっとうにならなければ いい国にはならない との思いの野中氏は、誤った 「保守」を声高に叫ぶ 古き自民党リーダーたちに警鐘を鳴らして、自民党は平和を守り、国民の多くが中産階級という社会を目指す党にならなければならない、と指摘した。
平和を愛し、格差社会を産まない 社会主義的民主主義を目指せ、との叱咤と 解釈できる。

戦後の日本を軍事大国にならないよう 経済優先で導いてきた自民党は、麻生政権下のアフリカ・ソマリア沖の海賊対策では、まだ法案も通っていないのに 海上自衛隊を海外へ派遣してしまうような国にしてしまった と、野中氏は嘆く。
中国の各地を歩けば 戦争の傷跡が残っているのに、そういうことを考えずに 金を出せば常任理事国になれるという錯覚を持った外交が行われてきた、とも嘆く。

自民党は、この野中氏の嘆きを 真摯に受け止めて、一日も早く まっとうな政党になって欲しい。


自民党だけではない。
東証第一部上場企業を中心に構成される経団連は、かっては 行政改革の鬼と畏れられた めざしの土光さんこと土光敏夫氏をリーダーに仰いだこともあるが、このところ 大企業の利益のみを追求する圧力団体にしか映らなくなった。
このたびの鳩山首相の大胆な発言、温室効果ガス削減目標に対して、経団連も精一杯協力します と言うのが、日本経済をリードする立場の見識というものであろう。
どうも リーダーの粒が小さくなった。
日本経済も、大企業中心からの脱却を急がねばならない時期に来ている という、一つの示唆かもしれない。


鳩山首相の 安保理首脳会合での演説と 国連総会での演説案を、新聞で読んだ。
絵に描いた餅などと 悪評を吐く評論家もいるようだが、鳩山由紀夫氏の人柄が はっきりとした主張として理解できる すばらしい演説であったろうと、わたしは評価したい。

ことに 骨子の一つ、“友愛精神に基づき、東洋と西洋、先進国と途上国、多様な文明間で、世界の 「架け橋」となりたい” との決意は、先の見えなかった日本の未来に はっきりとした高尚な目標を点した という意味で、頼もしく思う。

この 「架け橋」をイメージするとき、アフガニスタンで民間支援活動を続けている ペシャワール会の中村哲医師の姿が 思い浮かぶ。
中村医師の献身的な行動は、日本の誇りである。
こんなにすばらしい先達がいることに、日本人として 誇りに感じずにはおれない。

鳩山首相の提唱する 「架け橋」の、崇高なる証左である。


いま 手元に、1998年 インドのデリーで行われた IBBY (国際児童図書評議会) 世界大会において、美智子皇后が基調講演された 「橋をかける -子供時代の読書の思い出-」 の収録書がある(すえもりブックス発行)。

このご講演の中で 美智子皇后は、幼かった頃にお聞きになったお話、新美南吉の 「でんでん虫のかなしみ」や、戦争中の疎開生活で親しまれた児童書、神話伝説の本や 「日本少国民文庫」のなかの 「日本名作選」 「世界名作選」から受けた大切なものについて、お話されている。
その大切なものとは、子供に安定を与える根っこと、時にどこにでも飛んでいける翼だ、と。

神話伝説の本から、個々の家族以外にも 民族の共通の祖先があることを、さまざまな悲しみが描かれた本から、自分以外の人が どれほどに深くものを感じ どれだけ多く傷ついているかを、そういう人間の根っこのようなものを、感じ取られた。
ロバート・フロストの 「牧場」という詩から、生きる喜び、失意の時に生きようとする希望を取り戻させ 再び飛翔する翼を、感じ取られた。

美智子皇后は、このご講演で 次のようにお話されている。

生まれて以来、人は自分と周囲との間に、一つ一つ橋をかけ、人とも、物ともつながりを深め、それを自分の世界として生きていきます。
この橋がかからなかったり、かけても橋として機能を果たさなかったり、時として橋をかける意志を失った時、人は孤立し、平和を失います。
この橋は外に向かうだけでなく、内にも向かい、自分と自分自身との間にも絶えずかけ続けられ、ほんとうの自分を発見し、自己の確立をうながしていくように思います。


そして ご講演の最後に、IBBYへの感謝と期待を込めて 次のように結んでおられる。

どうかこれからも、これまでと同じく、本が子供の大切な友となり、助けとなることを信じ、子供達と本とを結ぶIBBYの大切な仕事をお続けください。
子供達が、自分の中に、しっかりとした根を持つために
子供達が、喜びと想像の強い翼を持つために
子供達が、痛みを伴う愛を知るために
そして、子供達が人生の複雑さに耐え、それぞれに与えられた人生を受け入れて生き、やがて一人一人、私共全てのふるさとであるこの地球で、平和の道具となっていくために。



鳩山首相が 美智子皇后の このご講演を聞いたかどうか、それは判らない。
しかし、彼の言う 友愛精神に基づいた架け橋とは、美智子皇后のお話になった 「橋をかける」ことと同じだと、わたしは思いたい。