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サンゴの産卵

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同志社大学寒梅館。
寒梅館がまだ学生会館だったころ、70年安保闘争が頂点に達し、日大の “闘士”秋田明大氏がここへ乗り込んできました。
興味半分 闘争心半分で、危険を冒して ここへ、彼の演説を聴きにきたのです。
同じ研究室の山路宏君が 頭に大けがを負ったのも、この時でした。
40年も前のことです。

いまから思えば、5年前の猛烈に暑い日、郵政解散総選挙の遊説で 京都市役所前に来た小泉純一郎氏の演説を聴いていた あの感覚と、五十歩百歩だったと、苦々しく思い返しています。


この寒梅館で先日、公開講演があり、聴講に出かけました。
しゃれた中庭をコの字形に囲んで、ガラス張りの休憩室や個室があり、華やいだ若い学生たちの声が 中庭まで聞こえてきます。
「自己批判」文字でデカデカと書きなぐられた看板が散乱していた40年前を、誰が想像できましょう。


講演項目は、「幸福の京都モデルを求めて」でした。
この演目自体には さほど興味はなかったのですが、その副題 「技術は人を幸せにするのか?」に惹かれての聴講でした。

基調講演は、京都大学副学長の西村周三氏と 島津製作所会長の服部重彦氏。
両氏とも、深い洞察力をお持ちで、立派な講演内容でした。
ただ 残念ながら、ぼくが期待していた答えが得られる内容ではありませんでした。
両講師とも その視点が、“人間の幸福度”とか “技術の正当化”に偏重しているように感じられたからです。
講演の内容に、人間のエゴが匂ったからかもしれません。

ただ、ぼく自身、何を期待して聴講したのか、明瞭ではなかった。
だから わざわざ、その 「なにか」を求めて、聴講に出かけたのだと思います。


「技術は人を幸せにするのか?」
その答え というか、方向性みたいなものを、全く漠然とだけれど、映画 『てぃだかんかん』に感じました。

この映画は、「きれいなサンゴの海を、愛する妻や子供たちに見せてあげたい」、ただそれだけの願いから、世界初の養殖サンゴの移植・産卵という奇跡を成し遂げた、実在の男の物語です。
主人公の金城健司役の お笑いタレント・岡村隆史が、輝いてみえました。

ぼくは、スクリーンを通して、金城健司や妻の由莉(松雪泰子)や彼らの子供たちや沖縄の人達や沖縄の自然を通して、サンゴの産卵に 身震いするほど感動しました。
美しかった。
こんな光景を潰してはならない、心からそう思いました。
われわれの子供たちや孫たちに、この光景は絶対残してあげたい。
ぼくも、ほんとうにそう思いました。


なにも難しいことじゃぁない。
技術は、ぼくたちが 子や孫に残してあげたいものを、大切にするための手段、そのために役立つことだけを考えればいいのだ。

原爆のきのこ雲を、誰が子や孫に残したいと思いますか。

工場廃液で厭なにおいのするどす黒い川を、誰が子や孫に残したいと思いますか。

技術の使命に対する答えは 唯一つ、人間の正常な感性で 美しいと感じるものを、子や孫に残してあげることなのです。


真っ青な海に 淡いピンク色のサンゴの卵がいっぱい漂う場面を見ながら、ぼくは すっきりした思いで そう考えていました。