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ぼくが太極拳に惹かれるわけ

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5月2日のNHKハイビジョン放送で放映された 「アインシュタインの眼」のテーマは、太極拳~身体の中で何が?~でした。
この番組を見て、漠然と感じていた太極拳の良さを、ある意味 “理屈っぽく”理解できた気分になれました。
うれしい気分です。
理屈が付けられると、意外と勇気が湧いてくるものですね。


太極拳と出会ったのが、25年前。
点けていたテレビが たまたま NHK教育放送の 「テレビ婦人百科」で、その時に放映されていたのが たまたまトロくさい動きのラジオ体操みたいな太極拳でした。
演武していたのは、いま ぼくたちの教室で学んでいる健康太極拳の創始者、故 楊名時教授でした。

精神的にちょっと参っていた時期でしたから、楊名時先生のトロくさい動きに 何とも言えない安らぎを感じました。
当時 太極拳を教える教室は少なかったのですが、たまたま通りかかった御所の西で KBS京都の太極拳講座の張り紙を見つけました。
1年半ほど 練習に通いました。
そこまででした。
時間的なゆとりのなさを打ち負かすほど、そのときは 惹かれなかったということでしょう。

それから10年あと、鬱から逃れるためなら 藁をも縋る思いだったとき、以前に少し馴染んだ太極拳が ふっと浮かびました。
西村加代先生が指導されていた 朝日カルチャーセンターの気功太極拳教室に通いだして、“藁をも縋る思い”の藁が、徐々に安楽な椅子になっていきました。
安楽な椅子は、15年以上経ったいまも変わりなく、安楽なだけでなくて 生きている証しのような椅子になりつつあります。


太極拳は、武術のひとつです。
だから、演舞とは言わずに 演武といいます。
でも、攻撃する武術ではありません。
護身術です。
護身術ですから 自分から先に手をだすことはありませんが、やられっぱなしではありません。
攻撃してくる相手に 決定的なダメージを与えない方法で、ちゃんと反撃もします。
手の甲で相手の急所を打つ 「裏拳」は、その象徴でしょう。


「先に手を出さない守りの拳」、ここが、ぼくが太極拳に惹かれる 一番目の理由です。


“走る”という動作は、瞬間ですが 両足が地面から離れています。
重力に逆らって脚のバネ力で地面を蹴り、もう一方の脚のダンパー機能で着地する、その間の短時間の離陸中に 両者の機能を入れ替えた後方脚を前方へすばやく移動する。
そのすばやい移動の原動が、前傾姿勢による体重のアンバランスです。
倒れないように、仕方なく(?)後方の脚は前方へ移動する、これが 前傾姿勢の目的です。
つまり、(少なくともジョギングのような)走るという動作は、重力に逆らって 加速(バネ)と減速(ダンパー)を繰り返しながら、自ら体勢のアンバランスを作って 前方への分力を得ている。
そんなイメージを考えます。

ところが 太極拳の動作は、できる限り重力に逆らわない動きです。

重力によって生じる体重は、その荷重を 両足裏の接地面で分圧して支えられているのですが、その分圧の中心(圧力中心)の真上に 体重の重心があるのが、もっとも安定したバランスです。
太極拳の特徴的な動作である 「ゆっくりした体重移動」は、この目には見えない圧力中心を 無意識的に常に探り続ける鍛練なのです。

太極拳の体重移動(重心移動)は、重力の作用方向に対して なるべく直角方向への動きです。
ニュートンの運動方程式を持ち出すならば、重力F=㎎に逆らうF'を作り出すための加速度(F'=maのa)が不要であり、したがって 最小限の力で移動できるのです。

さらに 太極拳の体重移動は、重心が常に圧力中心の真上にくるような、ゆっくりした動きです。
つまり、圧力中心と体重の重心のずれ(モーメントの腕)がほとんど無いから、重力による体重のモーメントが働かないのです。
だから、よろけないのです。

それらの素養がありませんから 明確ではないのですが、能の脚の運びも、日舞の脚の運びも、おそらく 転びのモーメントは、きわめて少ないのではないでしょうか。
能や日舞の素養のある方の姿勢が良いのは、姿勢が良ければ 体重の重心が圧力中心に定まりやすいからです。
能や日舞を研鑚すれば、だから自然と 姿勢が良くなるのです。

太極拳も然りです。
太極拳では、「正中線」を大切にします。
正中線とは、百会(ひゃくえ、頭のてっぺんの凹んだところ)と丹田(たんでん、臍下奥部)を結ぶ線です。
子供のころ、姿勢が悪いと 背中に鯨尺を差し込まれたものです。
鯨尺は、正中線を意識する代わりをしてくれていたのです。
正中線が常に圧力中心の真上になるよう、ゆっくりと体重移動して探る鍛練、それが太極拳の学びなのです。


「ゆっくりした体重移動」、これが、ぼくが太極拳に惹かれる 二番目の理由です。


「先に手を出さない守りの拳」、「ゆっくりした体重移動」。
いずれもの反対の性癖である自分にとって、太極拳は ぼくの目指す生き方を教えてくれる、そう信じたいです。