YAMADA IRONWORK'S 本文へジャンプ
生きがいがなくても構わない

文字サイズを変える
文字サイズ大文字サイズ中



ぼくは、同窓会のたぐいに出席することが どうも苦手です。
理由は、はっきりしています。
人に会うのが、億劫なのです。

そんなわがままなぼくが 唯一、なにがなんでも出たいと思う集まりがあります。
昭和20年生まれの、同じ研究室仲間だった 6人の集まりです。

仲間が話しているのが おもしろいなぁと すんなり入る、自分の取りとめもない話を 聴く耳で 聞いてくれる、家族相手のおしゃべりでは得られない 話の弾みのワクワク感が、とてもうれしいのです。
同じ輝きの時代を通り抜けたもの同志にしか味わえない、愉悦です。


先週末、7年ぶりに この6人会がありました。
ひょっとしたら 6人揃って会えるのは これが最後かも、自分の衰えを 元気な仲間にも勝手に敷衍して、そんな縁起でもない思いがよぎりました。
また6人揃って会いたい、その強い思いの裏返しなのでしょう。

道はそれぞれ別れても、同じ時代の空気を吸ったものたちは、その匂いを共有しているのです。
これは、同時代人の特権です。
同時に、悲しみでもあります。
あの匂いを知る仲間を失うことに対する、一種の恐怖に似た悲しみです。


この会のお世話をしてくれた竹村君が、別れ際に 毎日新聞の記事のコピーを渡してくれました。
ぼくが朝日新聞しか読んでいないことを、知っていてくれたのでしょう。
作家・勢古浩爾の、「新幸福論・生き方再発見」の文章でした。
その文章の題名が、タイトルに掲げた “生きがいがなくても構わない”です。

勢古浩爾氏は ぼくたちより3歳年下だから、まさしく団塊の世代です。
直感的に彼の文章から感じるのですが、彼が 「生きがいがなくても構わない」と言う言葉の裏には、血まなこになって生きがいを追い求めた過去があったに違いない。
馬車馬のように働いて働いて、気がつけば いったい何のために働いてきたんだろう、と、腑抜けのような時期があったはずです。

「世の中には押しつけがましいところがある。セカンドライフは楽しく暮らさないと老後じゃないみたいな。」 という彼のつぶやきには、そんな世の中に振り回されてきた自分に対する怒りみたいなものが読み取れます。

「金を人生の一番上には置かない生き方」 に憧れながらも、いつまでたっても金に縛り付けられているぼくには、勢古氏の言うひとつひとつが腑に落ちるのです。

彼は言います。
「生きがいなんて贅沢。なくても生きていける。」
「公園でのんびりしていると、これでいいんだと思うときがある。このままベンチでうとうとしてそのまま死んでもむごくないな、という気になる。」
まったく同感です。

「朝から晩まで、あるいは一年間ずっと幸せということはありえない。その時々いくつか幸せが感じられたらそれでいい。」


幸せという文字に出会うとき、あの美しい主題歌とともに、決まって思い出す映画があります。
チャップリンの 「ライムライト」。

老道化師・カルヴェロが、脚のマヒに悩んで 一時は自殺までしようとした若く美しい踊り子・テリーに向かって、こう言うのです。

「私くらいの年齢になると、幸せはほんのかけら。でも、その1パーセントほどの幸せを夢見て、なんとか生きていけるんだよ。」


勢古氏は、この世の中はほとんど人間が頭の中で考えたフィクションでできている、と言います。
「何のために生きるか」 という問いもフィクションなら、「幸福になるため」 という答えもフィクション。
フィクションなんだけれど我々はその中でしか生きられない。

結局、どういうフィクションを自分が選んで生きるか、だ、と。

老道化師・カルヴェロの1パーセントほどの幸せも、もちろんフィクションでしょう。
でも、それでいいんです。
その1パーセントほどの幸せを信じて、夢見て、生きてゆくしかないんです。


ぼくにとって、先週末の6人会は その1パーセントにあたいします。
そして、竹村君が手渡してくれた 勢古浩爾氏の記事は、その1パーセントからこぼれ出た僥倖でした。