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抑制T細胞

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寝不足の目が、しょぼついています。
日本中が けさは、眠い朝を迎えたことでしょう。
ワールドカップ日本代表、ほんとによく頑張りました。
残念だけれど、すがすがしさが勝ります。
選手たち、ほんとうにごくろうさまでした。

ところで この感動は、脳の支配を受けているとは思えません。
自然に叫び、自然に悔しがり、自然に手を振り上げる。
これは、脳のイメージによって作り出され 脳に振り回されている “脳化社会”とは、無縁です。
脳も身体の一部として、日本代表に声援を送っている、そう解釈したい。
脳の支配しない世界は、なんと快感であることか。

免疫学者・多田富雄氏が このパラグァイ戦をご観になっておられたら、ぼくの解釈に賛同してくださる、そんなふうに空想したいです。


「長い闇の向こうに、何か希望が見えます。そこには寛容の世界が広がっています。予言です。」

6月23日のNHKニュースウオッチ9に流れた、多田富雄氏が亡くなる直前のインタビューで語られた言葉です。
宇宙人がしゃべっているような、トーキングマシンの音声で…

多田先生は 世に知られた免疫学者ですが、その名が広く知れ渡るようになったのは、5年ほど前に放映されたNHKスペシャル 「脳梗塞からの “再生”~免疫学者・多田富雄の闘い~」からではないでしょうか。
このドキュメンタリーには、背筋が震えるほどの感動がありました。

同類の医学分野で活躍され 長い闘病生活を送られている 遺伝学者・柳澤桂子女史との対談集 『露の身ながら』(集英社文庫)に、多田富雄氏は 包み隠すことなく、偉大な凡人ぶりをさらけ出されています。

「体が動かなくても、言葉がしゃべれなくても、私の生命活動は日々創造的である」、免疫学者としてだけでなく、ひとりの高尚な知性の持ち主として、その知性という誇りを武器に、迫りくる病魔に毅然として挑まれた姿は、神聖としか言いようがありません。


ところで、人間の生物としての原初的生理反応である “免疫”は、専門的知識がなくとも 興味津々の世界です。
誰しも、自分自身の身体の出来事だからです。
免疫は、脳が支配する世界ではないからです。

この免疫という 生命活動維持に欠かせない生理医学用語を、多田先生は、著書や対談を通じて、ご自身の闘病生活をさらけ出す映像を通じて、判りやすく説いてこられました。
それは、医学の狭い領域から大きく広がった 人間の生き方そのものに関わる示唆でした。

免疫反応は、人体の外から襲ってくる病原菌や毒素をやっつけてくれるような善玉作用ばかりでなく、アレルギーやアトピーのような免疫過剰反応として、免疫疾患の原因ともなります。
多田富雄先生が発見された “抑制T細胞”という免疫リンパ球は、こういう免疫過剰反応を抑える働きをしているのだそうです。
ただ 抑制T細胞も、水戸黄門役ばかりとは限らない。
せっかく 外敵をやっつけようとしている善玉活動をも、抑制してしまうことがある。
多田先生は、攻撃も抑制も 善悪の判断はできない、とおっしゃっています。

免疫細胞に、もともと目的性はありません。
敵(非自己)と自分(自己)を適切に区別できなくて、自己を攻撃しはじめることもあります。
曖昧なのです。
この先見性のない免疫細胞が 一揃い温存されると、未知のいかなるものが侵入してきても対処しうる、広い反応性を持つようになる。
これを、免疫系の自己目的化というのだそうです。
多田先生は これを、人間社会、ことに日本の官僚システムに模しておられます。

免疫系は 基本的に、外部からやってくる病原菌や毒素である 「抗原」つまり 「非自己」には、不寛容です。
その代表が キラーT細胞で、9.11事件以後のブッシュ・アメリカが辿った行動は、まさしく 「不寛容行為」そのものでした。
多田先生が強調されているのは、基本的に不寛容な免疫系にも、「寛容」に働くという例外があるということです。


免疫の 「寛容」作用。
多田富雄先生は、40年前に自ら発見した “抑制T細胞”を深く追求され、人間としてのありように思いを至らせるとき、おのずと 「寛容」という言葉に行き着かれたのだと、ぼくは勝手に解釈しています。

「長い闇の向こうに、何か希望が見えます。そこには寛容の世界が広がっています。」
この多田富雄最後のメッセージは、寛容を人間の大きな徳の一つとしてきた日本人に、勇気を取り戻してくれます。


6月13日に60億㎞の宇宙旅行を終えて帰還した “はやぶさ”、昨夜のサッカーワールドカップでの日本チームの粘り、そして 多田富雄先生の最後のメッセージ…
日本の未来に、一条の光が射したようです。
なんだか、元気が湧いてきますね。