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ピー子との三日間

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御池通りに面した南側に、ザクロの木が大きく枝を広げています。
7月はじめ、ザクロの枝奥深くに、ヒヨドリの巣を見つけました。
ピーッと甲高く鳴くヒヨドリのつがいが、繁くザクロに舞い降りるので、気づいたのです。
ヒーヨと啼くので ヒヨドリというのだそうですが、ぼくの耳には 甲高くピーッと長く引っ張るように聞こえます。

長い梅雨明けを告げる祇園祭の暑い日、その巣にヒナが二羽いるのを見つけました。
これ以上開けられないくらいに 大きな口を開いて、親鳥から餌をもらっていました。
毎朝 巣を見上げるのが、日課になりました。


猛暑日が続いた7月24日の朝、二羽のヒナが巣にいません。
あたりを探すと、一羽は巣の真下のクローバーの茂る土の上に、もう一羽は車道に、羽根をばたつかせていました。
まず 車道のヒナを追いかけて捉え、二羽とも巣に戻すのですが、羽ばたいて 巣からすぐに落ちてしまいます。
しかたなく、とりあえず ザクロの木陰で涼しそうな クローバーの茂る土のところに、置いてやりました。

朝食を済ませて、ヒナの様子が気になるので ザクロの根元を見ると、二羽ともいません。
あたりを あっちこっち探し回って、一羽が、階段の踊り場に置いてある植木鉢の陰にじっとしているのを、見つけました。
でも もう一羽のヒナは、見つかりませんでした。

陽射しが高くなるにつれて、陰にいても頭がフラッとするくらいの暑さです。
このヒナを、このままにしておくことはできません。

近くのホームセンターで、小さめの鳥かごと 粟の餌と スポイトを買ってきました。
怖がって震えているヒナを そっと抱いて、啼くのに口をあけたところに スポイトで水を垂らし込んでやりました。
ヒナは、上手に水を飲みます。
昼食のそうめんを少し取っておいたのを、柔らかいストローの先に巻きつけて 嘴の近くにもっていってやると、大きく口をあけます。
そぉっとストローごと口の中に入れてやると、喉をひくひくさせながら、そうめんの塊を上手に飲み込みました。

高く飛ぶことはできないのですが、地を這うように羽ばたいて移動するので、しかたなく籠の中に入れて 涼しい事務所に置いたのですが、か細い声で ぴっぴっぴっと啼き続けます。
悪いことしたかなぁ、でも 外の地面は焼けるように暑いしなぁ・・・

このヒナに話しかけるとき、ピー子と呼ぶことにしました。
ピーピー啼くからです。
名付け親は、家内です。

しばらくすると 泣き疲れたのか、ピー子は、嘴を右の羽の付け根にもぐらせて、丸こい眼を閉じて眠ってしまいました。

ピー子との、二泊三日の いとおしい戦いの始まりです。

夕方 街へ出かけようとしていたとき、二羽の親鳥の激しいピーッという啼き声と、それに呼応するように ピー子のピーピー啼く声が、階下から聞こえてきます。
昼間の焦げ付く暑さは 少し引いていましたから、ピー子を親のもとに還してやろうと思いました。
ところが、夕立の前触れのような雨雲が、東の空を覆っています。
もうすぐ 間違いなく、気違いのような雨になるはずです。

二羽の親鳥は、吹き抜けの丸窓にとまったり、ときにはブラインドのそとのガラス窓にぶつかるように近づいたり、事務所の東通路を行ったり来たりしています。

どうしたものだろう、親鳥のもとに出してやりたいが、しっかり飛べないピー子は、激しい夕立に耐えられるだろうか・・・
思案がそう長く続かないうちに、雷を先ぶれに、横殴りの大粒の雨が降り出しました。
知らぬ間に、親鳥もいません。
街へ出かけるのは諦めて、ピー子のそばにいることにしました。


ピー子は、さっき そうめんをちょっと食べただけです。
なんとか 粟を食べさせてやりたい。

使い捨てスプーンの掬い部を ハサミで細くして、口が痛くないように 細くした部分をヤスリとペーパーで引っ掛かりのないようにして、その柄に 割りばしの一本をセロテープで継ぎ足して、籠の中に入りやすくしました。
粟の小粒は 水でふやかして、スプーンの掬い部から滑り落ちにくくして、少しずつピー子に与えました。

口をめいっぱい開いて、粟を飲み込む様子は、とてもかわいい。
ぼくをあまり恐れなくなったピー子が、こんなにいとしいものとは、想像していませんでした。

夜中、見に降りた三度とも、あの熟睡ポーズ、嘴を右の羽の付け根にもぐらせて、丸こい眼を閉じて眠っていました。


鳥の朝が早いのは当然ですが、夏の朝は開けるのが早いので余計、早朝からピー子との戦闘開始です。
もう、親鳥が二羽揃ってやってきています。
ピー子の啼き声に引き寄せられるように、甲高く激しく啼き続けています。

片方の親鳥は、大きな虫みたいな餌を咥えています。
ピー子を籠から出して、鉢植えの柊の根っこへ置いてやりました。
すると すぐさま、餌を咥えた親鳥は 鉢の淵に来て、ピー子の大きく開けた口に 餌を口移しします。
今度は、近くにあるブドウ棚から、まだ青いブドウの実を咥えてきました。

よく見ていると、餌を運ぶ親鳥は もう一羽の親鳥よりも一回り大きく、小さめの親鳥は 少し離れてピー子を見守っています。
どちらが母鳥で どちらが父鳥かは判りませんが、ちゃんと役割分担があるみたいです。
このヒヨドリ親の、たくましい親らしさに、眼がしらが熱くなりました。

この光景を見せてやりたかったのでしょう。
家内が孫たちを呼び寄せました。
日曜日は一日中、ピー子の話題でもちきりでした。

ピー子は、親鳥に促されて、いっしょうけんめい飛ぼうとしています。
でも まだ、地上1メートルも高く飛べません。
日中の強い陽射しに、だいぶ体力が落ちてきたみたいです。
日曜日の車の量は少ないといっても、車道に出れば、危険がいっぱいです。
親鳥は、ずーっとピー子のそばにいるわけではありません。

孫たちも帰りました。
不気味な赤さのまんまるい月が、東の空に上がってきました。


この敷地内には、蛇がいます。
野良猫も、数匹うろついています。
空からは、カラスが狙っていることでしょう。
このまま、ピー子を自然に任せた方がいいのか、せめてもう一晩 安全な場所で過ごさせた方がいいのか、迷います。

明日は会社があるし、ピー子のことに かまけてはいられません。
でも、もう一晩だけ、籠の中で過ごさせよう。
そう、決心しました。


月曜日の早朝、きのうと同じように、二羽の親鳥がピー子の声に呼び寄せられて、事務所の東通路を騒がしく飛び回っています。
籠からピー子を出すとき、これが最後かも という予感がしました。
スポイト一杯の水と、スプーン二杯の粟を与え、きのうと同じ 柊の根っこに、そっと置いてやりました。

ピー子が、飛びました。
低空ですが、10メータほど離れた設計室への登り階段のところまで、飛んでいったのです。
親鳥が、そばで激しく鳴いています。
ぼくは、うれしくてうれしくて、感情移入から感情失禁になっていました。

そのとき、よく孫たちが歌っていた唄が、自然に口を突いて出ました。
高見のっぽさんが歌っている 「グラスホッパー物語」です。

  ・・・とべとべ はねを ひろげ
    おおぞらの むこうへ
    おそれる ことは ない
    まだ みぬ せかいへ・・・

ピー子は、登り階段を 一段ずつ 失敗を繰り返し繰り返し、上がったり下がったり。
その間 二羽の親鳥は、1時間おきぐらいに餌を運んでいます。

でも 昼前ごろになって、口移しに餌を与えるそぶりをして 与えなくなりました。
ピー子を飛ぶように促していることが、離れた所からみていても、よくわかります。


ピー子の見はり役を、家内と水野さんに交代してもらっていた間に、大飛躍がありました。
見はり役の歓声で 察しがついたのですが、ピー子が高く飛びあがったのです。
登り階段から いったんワゴン車の天井を経由して、デイゴの木の高い枝へ移ったというのです。

たしかに、座り心地よさそうな デイゴの太い枝の切り口に、ピー子は ちょこんと乗っかっていました。
ここなら、デイゴの茂った葉で直射日光は避けられそうだし、何より 風通しが良さそうです。
親鳥も 近くの枝にとまって、ピー子を見やっています。
ほっとしました。

夕方まで、何度かデイゴを見上げましたが、枝の位置を変えたり、向きを少しずつ変えたりしながらも、安定感のあるとまり方でいます。
羽を大きく広げたりと、なんとなく 逞しくなったようです。


翌朝、デイゴのどの枝にも、ピー子の姿はありませんでした。
木から落ちてはいないかと、デイゴの根のあたりを見渡しましたが、ピー子はいません。
うまく羽ばたいて行ったのか、無事を祈るしかありません。

やっと解放されたという気持ちと同時に、一抹のさみしさを感じながら。