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中島みゆき賛歌

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京都会館第二ホールの最後部座席に ぐったりと腰掛けて、加藤登紀子の歌う 『この空を飛べたら』 を聴いたのは、もう20年も前のことです。

高校へ入ったばかりの長女が、私の誕生日祝いにチケットを買ってくれました。
仕事ばかりで 娘の進学祝いすら忘れているのに、いつも疲れた顔しか見せない父親を不憫に思って、たまには生き抜きにと プレゼントしてくれたのだと思います。

恥ずかしい話ですが 『この空をとべたら』の 最後の方

~ ああ 人はむかしむかし 鳥だったのかもしれないね こんなにも こんなにも 空が恋しい ~

へ進んだ頃 もう肩が震えて涙がとまらなかったのです。
何か 大きくてあたたかい胸に抱かれるような、身も心も洗われるといった感動に包まれました。

ぎすぎすとした毎日を送っていたから 余計に感情が高ぶったのかもしれません。
加藤登紀子の歌唱力と、そのときの私の精神状態が重なって、琴線に触れたのでしょう。
このときはまだ、この歌の作者が 中島みゆきだとは知りませんでした。


それから数年後、山田洋次監督の 「息子」という映画のエンディングで、 『with』 という曲と出会いました。

~ ・・・誰だって旅くらいひとりでもできるさ でも、ひとりきり泣けても ひとりきり笑うことはできない・・・ ~

心引かれて なかなか席を立てずにいました。
誰が歌っているのだろうと 映画のパンフレットを開けた中に、『with』 の歌詞に続いて、映画 「息子」についての 中島みゆきの コメントが載っていました。

「とても非難しやすい距離に居て、威厳と隙とをなみなみと湛えて居て、どうしようもなく自分に近い・・・それが息子にとっての父であると同様に、この映画は私たちにとって存在する」

男でないのに どうしてこんなに的確に息子の感情を表現できるのだろう、と 不思議でなりませんでした。

中島みゆきといえば 昭和50年頃 『時代』 でデビューしたアイドル歌手かな、くらいの認識しかなかったのです。
なんと想像力の豊かなシンガーソングライターだろう。詩人だと思いました。

それから、私の 中島みゆき探訪が始まります。
筑紫哲也は彼女の大ファンだそうですが、彼は 中島みゆき特集のなかで
「20歳そこそこの彼女が
『時代』 の歌詞のような人生の重みある曲を どうしてつくれたのか 不思議でならなかった」と批評しています。
私も同感ですが、 「息子」 のパンフレットでうかがえる 彼女の豊かな感性からすれば、『時代』 の歌詞は 自然に湧き出たものとも理解できます。

中島みゆきの詩は、傷つきやすい優しさに満ちています。
“優しさなんて みんな小道具なのよ”と捨て台詞を吐きながら 計算ずくの優しさに自己嫌悪したりして、自分の優しさの不確かさ 限界に 悶々としている。他人を傷つけることに過敏すぎるから、余計に自分が傷つきやすい。もっと広い優しさはないのか、もっと安らかな優しさはないのか、と 優しさ探しの旅を続けている。そんな感想を持ちます。

でも 中島みゆきの詩は、彼女の作る曲に載せて 彼女の声で表現されるからこそ、わが心の代弁者と慕う ファンの心を捉えて 共鳴の涙に浸らせるのだと思います。

中島みゆきは、少なくとも三種類の歌声を使い分けています。
今年の高校野球センバツの入場ソングに選ばれた TOKIOの 『宙船(そらふね)』を 中島みゆき自身がうたううときは
男勝りの激しい声で。
柏原芳恵のヒット曲 『春なのに』をうたうときは、抱きしめたくなるような か弱い声で。
テレビドラマ 「Dr.コトー診療所」 の主題歌 『銀の龍の背に乗って』をうたうときは 天使のような清らかな声で。
か弱さと 激しさと 清らかさの混在から ふわっと浮かび出る人恋しさ、これが 中島みゆきの魅力です。

自分の思いを託せる言葉を こんなに真剣に探し選んでいる人 中島みゆきが、私は大好きです。
彼女自身が語る中に こうあります。

「言葉で伝えられ表せるもの、しかし言葉では伝えられないものにぶつかる時があります。
私は、音とともに言葉を伝えます。
では 音を聞けない人には、私の気持ちは伝わらないのでしょうか。
また私に音が伝わってこなかったら、どうやって人の気持ちを受けとめたらいいのでしょうか?
心を伝えるためには、方法はいくらでもあるのでしょうが、私が知っていることは ほんの少ししかないのだと つくづく思います。」


彼女は、言葉の壁を越える方法の一つとして 手話も試みています。
あれほど溢れんばかりに表現力を持つ彼女ですら、心の通い合う手立てを これほどまでに探し求めているのです。

半分冗談なのですが、家内に頼んであることがあります。
私が死んだら ごくごく親しい人たちとのお別れ会でいい、そのBGMに 中島みゆきの 『誕生』 を流して欲しい、と。

~ リメンバー 生まれたとき 誰でも言われたはず 耳をすまして 思い出して 最初に聞いた ウェルカム ~