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柔よく剛を制す

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今はもう見られなくなった光景に、床屋さんの剃刀研ぎがある。
片方を壁に結わえて 左手で引っ張った細平たい革で、右手でしなやかに持った剃刀を、行きと帰りでタイミング良く裏返して 研ぐのである。
あの光景は、床屋さんを “職人さん”として崇める 最大の理由であった。

考えてみれば、不思議なことである。
一見柔らかそうな革の表面に 鋼のような硬い金属を研ぐ力が、どうして備わっているのだろう。


ところで 当社の製品の話になるのだが、製麺ロールの表面は なるべく硬くしている。
ことに 和そば製麺においては、そば粉の持つ研磨性に負けないよう、和そば製造ラインに用いる製麺ロールの表面は マイクロビッカース硬さで650以上であることを、当社の基準としている。
防錆性をも兼ね備える 当社の看板商品 「ブラックロール」が、これである。

製麺ロールには、ロールカスリが付き物である。
ロール表面に付着する麺屑層を剥し取る役目の、スケッパーだ。
このロールカスリに、いろいろ苦心し、泣かされてもいる。

極端には、ロールカスリの要らない製麺ロールの需要。
それなりに、この需要には答えてきている。
しかし、あまり 大きな声で言えないことなのだが、ロールとロールカスリは夫婦みたいなもので、女房に死なれた旦那のみじめさは 言わずもがな、なのである。

ロールが鋳物やステンレス鋼(鈍らでは使い物にならないから、たいていは 「窒化処理」を施している)の場合、製麺ロールのロールカスリ材質は 真鍮製が最適であることは、製麺機械100年の歴史が証明している。
なのに、ロールカスリを樹脂製にせよ、と。

ここで、冒頭の “なめし革で剃刀を研ぐ” からくりに至るのである。
ロールカスリを樹脂製にせよ とのご要望には、食品用樹脂の衛生面だけでなく、樹脂は柔らかいから ロール表面を傷つけはしまい、という素朴な思考が働いているに違いない。
ところがどっこい、「柔よく剛を制す」なのである。

少しややこしい話になるが、たとえばロールカスリの材質が 「塩ビ」だとしよう。
塩ビ製カスリの先端など すぐに丸くへたってしまうから、ロール表面に付着したそば粉滓を、おいで とばかりに 呼び込んでしまう。
呼び込まれたそば粉滓に含まれる研磨性成分は、柔らかい塩ビ製カスリの ロールとの擦り面に埋め込まれる格好になる。
まるで、砥石みたいになる訳だ。
いくらロール表面を滑らかに 且つ 硬くしても、これで傷が付かないほうが おかしい。
この傾向は、ロール周速が大きいほど べき乗級数的に増す。

蛇足ながら、樹脂の熱膨張係数と金属のそれとでは 10倍以上の開きがあることも、大きな障碍である。
冬場にちゃんと合せた勘合は、夏場にはキチキチどころか、ロールカスリがロール表面から浮いた状態になり、スケッパーの役目を果たさない。
夏場にきっちり勘合しても、冬場になるとスキスキで、両隅に擦れない部分が生じてしまう。
樹脂は、少なくとも金属製の製麺ロールの いい女房には、なれないのである。


「柔よく剛を制す」のことわざが裏目にでた 悩めるクレームに向き合いながら、床屋さんの剃刀研ぎを 懐かしく思い出していた。