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大山蓮華の花

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四条河原町の阪急百貨店あとにできた 「京都マルイ」に出かけてみた。
目当ては東急ハンズ、ちょっとだけど出てるようよという 娘からの情報に釣られて。
期待ははずれ、地下の一角にコスメコーナーとして出ているだけだった。

せっかくだから と、エスカレーターで上へ。
見慣れないからか、売り場が新鮮に見える。
売り場面積はそれほど広くないから、ざっと見渡すだけで各階の雰囲気が飲み込めるのも、親しみ感が増す。


6階に、ふたば書房が入っている。
フタバプラス、その横にスターバックス。
ボーダレスな雰囲気を、そのまま休憩スペースに持ち込めるのがうれしい。
タダ読みオーケーの休憩スペースには、ドリンク片手に読書する人々が憩い、ゆったりした時間が流れていた。

フタバプラスが、おおいに気に入った。
しゃれた文具グッズコーナーもあるし、なによりも書籍の並べ方選び方が、ぼくの好みにぴったしだ。
よその大都会には こんなのは前々からあるのだろうが、京都でこんな売り場の書店を ぼくは知らない。


ここでは、「不遇の本たち」と出会える。
マイナーとは呼びたくない、いまでも十分に耀いている本たち。
たとえば、室生犀星ブロックで見つけた、随筆集 『庭をつくる人』。
そこには、はっとするような犀星が いまにも現れそうな、再発見がある。

すてきな単行本を見つけた。
関口良雄著 『昔日の客』という、復刊書だ。

関口良雄氏は、大正7年生まれ昭和52年没の、東京大田区新井宿の古本店 山王書房店主だった。
詩心もあり おはなしも楽しいこの店主の この古本店には、多数の作家や学者が訪れ、店主との親密な交流があった。
この店主関口氏の、最初で最後の “自分自身の本”として 遠慮がちに死後出版されたのが、『昔日の客』である。

そんな書物であるから 発行部数も少なく、格調高い随筆を読みたくても  高値がついて手が届かない という愛好家からの要望もあり、ご子息の尽力で復刊となった、という珍書だ。
こういう書物に出会えると、無性にうれしくなる。


『昔日の客』のなかに、「大山蓮華の花」という一文がある。

山王書房のなじみ客のひとり、上野公園の植物のほうの所長さんだった塩谷さんは、毎月一回、自分の家の庭に咲く花だと言っては、季節々々の花を店主関口氏に持ってきてくれた。
塩谷さんは仕事柄 花に詳しいし、店主も花好きなので、客対店主の関係以上の交流が深まる。
その塩谷さんが脳出血で倒れ、帰らぬ人となった。
大山蓮華の花を大切そうに紙に包んで持ってきてくれたのが、塩谷さんの最後の来店だった。
あのときの花は一夜でしぼんでしまったが、生けた部屋にみちみちた その芳香を、関口氏の鼻腔は忘れていない…

関口氏は妻とともに塩谷さんのお宅へお悔みに伺う。
塩谷さんの奥さんの案内で庭に下りた関口氏の鼻腔に、どこからか、高い花の香りが流れてきた。
見上げると純白の大山蓮華が、関口氏の頭上高く花を開こうとしているところだった。
関口氏は思わず、ああ大山蓮華だと叫ぶ、溢れる涙を隠すように。

塩谷さんは、大山蓮華のような人だった、素朴で、飾らず、気品高く…。


当社のささやかな植込みの大山蓮華も、いま 次々と花開いている。
咲く直前に、こらえきれずに放つかのように、もっとも強く薫る。

香りを文字で表現するのは、むずかしい。
そうそう、「ボールド」の香りが ちょっと似ているかな?
外人さん山田さんのコマーシャル、洗ってカイカン、タッチでPON!
あのボールドの香り。
大山蓮華の香りの気品さには、叶わないと思うけれど。


『昔日の客』のおかげで、ことしも、忘れかけていた大山蓮華に、思いを寄せることができた。