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職場と住居

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我が家に、ひとつ、家内と二人だけで大切にしている “宝もの” があります。
河井寛次郎の ≪白地草花絵扁壺≫。
ミラノ・トリエンナーレ・グランプリ受賞作の、あの扁壺の、一回り小ぶりな作品。
義母が生前、たぶんこれは 寛次郎のもんやろ と、家内に譲ったものです。

ぼくは、正直言って、焼きものに興味がありませんでした。
本音は、焼きものの良さが よくわからなかったのです。
でも この扁壺には、惹きつけられるものがありました。


河井寛次郎は、ごく初期の作品以外、自分の名を 作品に刻みませんでした。
だから これが寛次郎作かどうか、定かではありません。
でも そんなことは、どうでもいいのです。
ぼくたち二人とも、この扁壺を たいへん気に入っている、焼きものに疎いぼくにも、それが美しいと感じられる。
ただ、それだけでいいのです。


河井寛次郎については、彼の書いた書物 『火の誓い』を読んで以来、その真摯なものづくり姿勢に 好感を持っていました。
その感性の表現力に、魅了されていました。
だから ぼくの場合、陶芸家・河井寛次郎よりもさきに、文筆家として惹かれる 思想家・河井寛次郎がありました。


一度 訪ねてみたい、かねがねそう思いつつ 果たせなかった地が、京都にあります。
「河井寛次郎記念館」です。
先日、この、寛次郎自宅であり 仕事場でもあった記念館を、たずねることができました。

東山五条の一筋西の筋を南へ、渋谷通りへ抜ける手前に、「河井寛次郎記念館」はあります。

玄関を入ると、もうそこは、懐かしい やすらぎの雰囲気に包まれています。
玄関に続く土間を進むと、その右に 囲炉裏のある広々とした和風空間。
まんなかが、吹き抜けです。
吹き抜けの上から、滑車がかかっています。

二階へあがる階段スペースが、とても味わい深いのです。
吹き抜けの三方から階下を覗ける二階の、これまた にくいほど味のある間取り。
二階南寄りの書斎空間の大きな窓からの眺めが、ぼくは好きです。
中庭を挟んで、鉤の手に曲がった渡り廊下から茶室、素焼窯の棟へ連なる、段々流れ屋根の美しいこと。
そして、その奥に、陶房を経て 登り窯があります。

落ち着くのです。
この安心感は、いったいどこから来るのだろう、と考えました。

「有名は無名に勝てない」という寛次郎の言葉で尽くされるように、極めた無名の職人感性が、この家のいたるところに しみ込んでいます。
それら 極上質の職人感性が、この場にいる者に、ほっとする落ち着きを感じさせるのでしょう。

しかし ぼくは、それだけではないように思います。
住居空間であるこの書斎から、職場である窯場を眺めている、そういう状況。
河井寛次郎は きっと、この感覚が好きだったに違いありません。


40歳代半ばのころ、尊敬する得意先社長に 「職場と居宅は離さんとあかんで」と言われました。
「あんたはええやろが、奥さんや家族が辛い思いするさかいなぁ」。

この社長の言う通りでした。
それは、自分でもよくわかっていました。
でも、休日の電話対応や 夜遅く出先から戻る社員のことを考えると、職場と居宅がひっついている方が なにかと便利です。

いや それは言い訳で、職場が近くに感じられないと 落ち着かなかったのが、本音です。
ずるずると、職場と居宅がひっついたまま、この歳まで きてしまいました。


河井寛次郎記念館の二階書斎の窓から、仕事場の南棟を眺めていて、そのことを考えていました。