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攬雀尾

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太極拳二十四式に、攬雀尾(ラン チュエ ウェイ)という型があります。
それも 左攬雀尾と右攬雀尾の二つが入っています。
二十四式に同じ型が左右二度現れるのは、この攬雀尾を含めて 三つしかありません。
二十四式の創始者は、攬雀尾という型を重要視したのでしょう。

攬雀尾の「攬」は、「せき止める」の意であり、「雀」はクジャクを表します。
つまり「クジャクの尾で相手の攻撃をせき止める」と解せます。

クジャクの尾といえば、雄クジャクの あの見事な飾り羽を思い起こします。
クジャクの見事な飾り羽で 敵の攻撃をせき止める とは、なんとも優雅な発想です。
しかし、飾り羽で、攻撃してくる相手を どうしてせき止めることができるのか。
そんな どうでもよさそうな疑問が、太極拳二十四式を演武しながら、ふっと湧いてきました。


あの飾り羽は 雌にアピールするための羽、との解釈が一般的です。
異性間淘汰、つまり 異性による選り好みの産物ということでしょうか。
そんなもので、攻撃者を防げるのだろうか。
疑問が興味を呼び、すると クジャクという生き物について、ほとんどなにも知らない自分に気付きます。


美しい鳥としてのイメージは、クジャクを凝視することで覆る、と聞きました。
その啼き声は、“人間を驚かすほどの声量”で、その顎は、“毒々しい青色の光”を放っています。
毒蛇や毒蜘蛛までも容赦なく食らって、その大きな体のための蛋白源とする、というのです。
美しい飾り羽からイメージするクジャクとは程遠い、気味悪さを秘めています。


クジャクで連想されるのは、高松塚古墳に描かれた朱雀であり、宇治平等院の屋根を飾る鳳凰であり、キリンビールのラベルに描かれた麒麟です。
いづれも 実在するクジャクからの発想でしょう。
ただ姿かたちが美しいという理由だけでなく、クジャクという生き物の持つ生命力に、空想力豊かなそれぞれの作者は、こころ惹かれたのでしょう。


太極拳は、防御の拳法です。
太極拳の先覚は、動物の動きを詳細に調べて その技をあみだしたのだそうです。
鴨しかり、鶴しかり、蛇しかり、です。
ならば クジャクの動きにも、その技の源を見出したはずです。
太極拳の先覚は、クジャクの見事な飾り羽が 防御手段となっていた現場に、立ち会ったのではないか。
そんな空想が湧いてきます。


では、クジャクの飾り羽が 戦闘の防御手段に、どういう風に役立っているのでしょうか。

調べてみるとエスカレートして、「進化生物学」なるものにまで 至ってしまいます。
この進化生物学という分野は、実におもしろそうなのですが、ダーウィンの絵本程度の ぼくの基礎知識では、あと20年かかっても まともに理解できそうもありません。

ちょっと わかったことがあります。

雄クジャクがあの美しい羽を広げるのを、ディスプレイ行為といいます。
この行為は、繁殖期に雌の前で行うことが多いのですが、繁殖行動とはまったく関係のない場面でも行うらしいのです。

雄クジャクの華美な羽は、実は尾の羽ではなく、上尾筒(じょうびとう)という尾羽の付け根の上側を覆う羽、いわば腰の羽だそうです。
腰の羽がこんなに長いことは、捕食されやすいという ハンディキャップに他なりません。

そんなハンディを負う羽を、雌の前でどうだ美しいだろうと広げるのは、自分は寄生虫になど冒されていない健全な個体だぞ と、アピールしているのでしょう。
このディスプレイ行為を、意中の雌に対してだけでなく、縄張りを狙う他の雄や 外敵に対してもする、というのです。

ということは、戦闘を行う前に ハンディを負う羽を 堂々と相手に示して、むやみな争いを避ける狙いがある、と解釈できます。
誰とでもむやみに闘う戦略が、「進化的に安定な戦略」ではないからです。


太極拳の先覚は、こんなことまで理解していたとは思えませんが、クジャクの飾り羽の威力を 動物的嗅覚で感じ取っていたに違いありません。

攬雀尾という、太極拳二十四式のひとつの型から、こんな空想をしていました。