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弥靭の微笑み

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目は半眼、あごを少し引いて、舌の先を上の歯の裏側に軽く当てて…

これは、気功太極拳の最初に行う “立禅”での、イントロです。
これを、西村加代先生に教わったまま いま、教室で伝えています。


「舌の先を上の歯の裏側に軽く当てる」と、顔が和みます。
口を開けると、普通なら間抜けな表情になりますよね。
でも こうしていると、上唇と下唇に適度な空間が生まれます。
歯を食いしばる、ということから、解放されます。
両頬にえくぼが自然にできたように、穏やかな気持ちになれます。

まるで、ほんのちょっと、中宮寺弥靭菩薩の微笑みみたいになれるのです。


中宮寺の半跏思惟像。
究極の理想のほほ笑みを求めて、この弥靭菩薩像に会いに、幾多の人々が 奈良斑鳩の里を訪れます。
この像の口辺に浮かんでいる微笑を前にすれば、何ぴとたりとも どんなに荒んでいても、穏やかになれそうだからでしょう。
畏敬というよりも むしろ、親愛の情が湧きあがってきます。
格調高く かつ、一抹の憂いを含んで、微笑みかけています。
安寧、まさしく、日本のマドンナです。


歯を食いしばらねばならないときも、ときにはあるでしょう。
でも そういうときこそ、「舌の先を上の歯の裏側に軽く当て」て、力を抜くのです。

これは、私自身に言っている言葉です。
もう少し早く、この “わざ”を身につけておれば、と悔やまれます。
もう二度と、無意味に歯を食いしばることはすまい、今はしかとそう言えます。


中宮寺の弥靭のほほ笑みは、決して到達できないけれども、そうありたいと思う、あこがれの表情です。

舌の先を上の歯の裏側に軽く当て、ちょっとでも あの微笑みに近づきたい、と。