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技術士

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畏友 松並壯君は、飲み水からウンチまでを専門とする、技術士である。

半世紀も前に 水はタダだったこの日本で、彼は 「人類 いや生命を維持するに必須な水は、これからの世界の一大産業になる」と(たぶん)予測した。
さらに 彼は、「人間は生存するかぎり、糞尿を処理・処分する方法を考え、対策を講じなければならない」ことを 深く認識していた。

いにしえより、人間が集落を作り 徐々に都市を建設していく過程で 上下水道が最重要課題であったことは、考古学に学ばすとも周知である。
だが、三種の白物神器を追い求めていた あのころの日本で、こういう基本的な考察を 嗅覚的に捉えていた者は、少なかった。

松並君の先見的変人性は、この嗅覚を 生きる糧にしようとしたところにある。
彼自身 「きわめて打算的に」と表現しているが、“飲み水からウンチまで”の技術士たる資格を取得すれば、路頭に迷うことはないであろう、と彼は判断した。
そして、水道部門と衛生工学部門の技術士の国家資格を取得した。


実をいうと、私も 技術士(機械部門)を目指した時期があった。
ところが、そう簡単に取れる資格ではない。

二次試験には、長い実務経験(原則7年)を要する。
そして実務経験には、第三者(企業なら代表者)の証明が必要だ。
ここまでクリアーした時点で、私は受験を諦めてしまった。
○×式の受験能力しかないのに、記述式という論文試験は重荷だった。
それに、当時の私は 受験する環境ではなかった。
言い訳が半分以上だが、私にとって 技術士の壁は高かった。

その後も 技術士へのあこがれの気持ちは続いたが、ついに その壁を乗り越える努力をしなかった。


ところで、技術士とは何ぞや、ということである。
技術士法によると、技術士とは 「科学技術に関する高等の専門的応用能力を必要とする事項についての計画、研究、設計、分析、試験、評価またはこれらに関する指導の業務を行う者」と定義されている。

残念ながら、同じ国家資格である 医師や建築士に比して、技術士というものは 認知度が低い。
その大きな理由は、技術士が、医師や一級建築士のような 業務独占資格でないからだろう。
逆に 私は、技術士が業務独占資格でないところに、魅力を感じるのだが…

技術士は、技術士法に基づいて、登録義務や守秘義務を負う。
さらに、公共の安全・環境の保全その他の公益を害することのないよう、義務付けられている。
つまり、公共性のある他社を蹴落として 一社の利益のみに供することは、本来できないはずである。

自己研鑽も怠ってはならない。
「その業務に関して有する知識及び技能の水準を向上させ」る責務を負っている。
“ペーパードライバー”では いられないのだ。

技術士は、かくのごとく責任と義務の厳しい、れっきとした格調高い技術者である。
“Registered Professional Engineer”なのである。


憎らしい思い出として、忘れられない情景が 脳裏に焼き付いている。
父の後を継いで いまの会社に再就職して、だいぶ経ってからのことである。
大学の同窓会みたいな会合に出席した。
名刺交換が始まった。
そのころにはもう、同窓生はみな 所属する企業において、いっかどの肩書を持っていた。

学生時代 けっこう楽しい話を交わしあっていた同窓生のひとりが、私の名刺をちらっと見ただけで、隣の同窓生に目を移してしまった。
隣にいた人物が、彼の取引先の会社に勤めていたからかもしれない。

私の僻みだったとは、十分認識している。
が、いまだから言えるが、所属した企業の肩書など、老後に何の役に立つというのか。


技術士という職業は、本人の精進さえあれば、一生の “肩書”である。
松並君の元気をもらうにつけ、技術士に対する この私の認識は 間違いではなかった、と思うのである。