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芹沢銈介展を見て

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意匠という言葉がある。
デザインと訳されてしまうと、ちょっと違う気がする。

その、意匠という言葉を理解するにぴったりの展覧会が いま、京都文化博物館で催されている。
型絵染めの人間国宝、「芹沢銈介展」である。


むかし、飾り文字に凝ったことがある。
つまらない講義を聞き流しながら、入学祝に買ってもらったパーカーの万年筆で、ノートを意匠的なアルファベット文字で飾っていた。
仲間から けっこう受けた。
絵の才能はなさそうだが、こういうセンスが俺にはあるんだ と、得意になっていた。

親善対抗バレーボールを通じて知り合った美大生の作品展を、半分義理でみにいった。
その 飾り文字を縦横にあしらった作品の、センスの良さに圧倒された。
自分の ちょっとうぬぼれていたセンスは、みごとにへし折られた。

こんな とるに足らないむかしばなしを記すのは、あの時みた 友人の作品に描かれた飾り文字は 芹沢銈介の作品にヒントを得ていたに違いない、そのことを 芹沢銈介展をみていて、ふっと思い出したからである。


正直、この展覧会に あまり期待を持っていなかった。
河井寛次郎の信奉者であり、柳宗悦の民藝運動の継承者という浅い認識で、芹沢銈介展へ向いたに過ぎなかった。

なんとしゃれたデフォルメであろう。
これはもう 飾り文字などというレベルではない。
渋いが 華やかな色彩でいろどられた、いろは文字や春夏秋冬の文字。
上村松園の美人画のような女人が着けた長い帯を、メビウスの輪を連ねるごとく、摩訶不思議にくねらせて…

『団扇絵散らし屏風』、極上のおしゃれです。
ただ、これで間仕切るお似合いの空間が、われわれの生活から もう失われている。
用の美も 用を足さない飾りものになってしまった、そんな喪失感も味わわせられる展覧会ではあった。


芹沢銈介の意匠美を伝えるのに、文字は不都合にできている。
しかし、作者の精神の一端は、彼の肉筆画の讃から 伝わるかもしれない。

心に残る肉筆画の讃を ひとつだけ、紹介したい。


    行なん 行くへ しらでも