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風立ちぬ

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   風立ちぬ、いざ生きめやも。

高校のとき 古文の先生が、黒板に大きく、こう白墨書された。
助動詞や係助詞の使い方例として、挙げられたのだと思う。
苦手な古文だったが、この詩句は心に残った。

高三の夏休み、受験勉強の追い込み時期に のんきたらしく、図書館から 「世界文学全集」「日本文学全集」を抜き打ちに借りて、乱読した。
おかしな感情なのだが、自分自身に対する見栄みたいなものだった。

何を読んだのか、ほとんど忘れてしまった。
スタンダールの 「赤と黒」、ドストエフスキイの 「罪と罰」、そして 「堀辰雄集」は記憶に残っている。
「堀辰雄集」のなかでも、古文の先生が白墨書された あの詩句が序曲に載っていた 「風立ちぬ」は、青春という言葉がピッタリの感情を掻き立たせた、忘れがたい小説である。
あの詩句とともに。


永く忘れていた あの感情が、宮崎駿監督作品、映画 『風立ちぬ』で蘇えった。
ユーミンの 『ひこうき雲』に乗って…

「君の10年はどうだったかね。力を尽くしたかね」
映画の終盤近く、残骸と化したゼロ戦の山を前に、堀越二郎は、彼の尊敬するイタリアの飛行機設計者カプローニ伯爵に、こう問われる。
前段で、カプローニは、二郎にこう言っていた。
「想像的人生の持ち時間は10年。君の10年を力を尽くして生きなさい」と。

「はい、終わりはズタズタでした。」
「国を滅ぼしたんだからな。あれだね。君のゼロは。」
これが、カプローニと二郎の最後のやりとりだった。

映画では、ゼロ戦の原型である<九試単戦>の雄飛を描いている。
みな 異口同音にいう、「あんな美しい飛行機はみたことがない」と。
堀越二郎は、あんな美しい飛行機を設計したのだ。
それも驚異的な短期間で。
二郎は `力を尽くして生きた’のだ。

「大切なのはセンス。技術はあとからついてくる。」
カプローニが語った言葉に、間違いはなかった。
それを、二郎は証明した。
それだけで十分ではないか。


「君の10年はどうだったかね。力を尽くしたかね」
いま、この言葉が、私自身に向いている。
苦し紛れに、こう答えてやろうと思っている。

   風立ちぬ、いざ生きめやも。