当麻の里がとりもつ縁 |
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3年以上も前になります。 奈良県五條市の八角円堂を訪ねる途中
立ち寄った「道の駅ふたかみパーク當麻」の食堂の壁に描かれた詩が、わたしの心を打ちました。
鳥越ゆり子さんという方の詩でした。 それを、このブログで紹介したことがあります。
インターネットをおやりにならない鳥越さんは、ご友人から渡されたコピーで
わたしのブログをご覧になり、ことしの夏 ご丁寧な手紙を届けてくださいました。 詩人の鳥越さんは 絵もお描きになり、毎年
東京と京都で個展を開いておられます。 京都での個展のご案内をいただいので、画廊を訪ね、お目にかかることができました。
当麻の里の風景が
とりもつご縁です。
溢れるばかりの言葉をキャンパスにぶつけた、そんな印象の
色鮮やかな絵でした。 詩人の絵です。 氾濫する言葉の投げ捨て場を
抽象のクレパス画に求めたのが始まりです、とおっしゃる鳥越さんの独学の絵画歴は、3.11以降
一変したそうです。 野に息づく雑草や野花を描こう、想像力の極めて豊かな鳥越さんには
そうせざるを得なかったのでしょう。 ふる里の土の匂いを嗅げなくなった原発事故被災地の人々の気持ちが、痛いほどわかるから。
あの詩「当麻の里によせて」と同じように、鳥越さんご自身が紹介されている個展案内文を転記させてもらっても、お叱りは受けないだろうと勝手に解釈して、『京都画廊連合会ニュース12月号』から・・・
「百姓のように絵を描きなさい」と言ったのはミロだが、2011年3月11日
東日本大震災によって引き起こされた福島原発事故以降、「百姓の眼」になって(もともと私は百姓だ)、百姓暮らしの身近にある野草雑草を中心に、具象画を描いている。
抽象のクレパス画から始まった私の絵だが、原発事故の過酷な現状に対峙できるものがあるとすれば、そんなものではあるはずがない、冷厳とも言える具象ではないか、と今は思える。
どこまで私の画筆が及ぶか・・・
畑の一個のカボチャ。荒れ地の一株のマリア薊。放置され、捨てられた田野に生きる植物たち。
「まっとうな畑」の虫喰い葉に絵筆を走らせながらも、心奥には「まっとうでない」放置された光景が広がってゆく。
憤怒があり、悲哀があり、なお愛情があり、なによりも無力があって、揺れまどう苦しみがある。
野草譜によせて100点は描こうと思っている。
まっとうな人生をまっとうするためにも。 |

鳥越さんのご主人にも、お目にかかりました。 あなたならきっと主人とも話がお合いになるはず、と紹介してもらいました。 彼も詩人であり、また石仏の研究家でもいらっしゃる。 円空仏で話が楽しく盛り上がりました。
高松のご友人夫妻にも、お目にかかれました。 こちらは
さぬきうどんの話で、これまた盛り上がりました。
当麻の里の風景が とりもつご縁でした。
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