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彼のオートバイ、彼女の島

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ここは天草西海岸サンセットライン。
東シナ海・天草灘の水平線に沈む夕日の美しさが売りの、6メートル幅二車線の海岸道路だ。

サンセットラインを南行する観光バスの、ガイドさんの声を遠くに聞きながら、車窓から、曇り空と天草灘の境界あたりを眺めていた。
つぎ 十三仏公園の展望台で止まります と、ガイドさんの声。

バスの右下を、赤いヘルメットが追い越していく。
見ると、カリビアンブルーのカワサキ・エストレヤだ。
こんなところで エストレヤに会うとは・・・

ライダーは、体つきからして女性だ。
RD250に跨るミーヨ、まさしくそのイメージング。
ミーヨとは、片岡義男著 『彼のオートバイ、彼女の島』の彼女の愛称である。

十三仏公園は すぐだった。
ちょっと先に着いたのだろう、エストレヤの彼女は、東シナ海に向かって 赤いヘルメットを脱いだ。
その動作と同時に、首を振って髪をなびかせた。
横顔しか見えないが、イメージの中のミーヨそっくり。
かっこ良すぎ。


『彼のオートバイ、彼女の島』は、バイクの師匠の薦めで、ついこの間一晩で読み終えたところだった。
エストレヤの兄貴分、カワサキW800の先代の、650W3と それに跨るオートバイ狂のコオが主人公の、夏とオートバイと島の ‘お伽噺’である。

ひとむかし前のわたしなら、書店の優先棚に並んでいたとしても、たぶん見向きもしなかっただろう 小説。
内股から伝わる単気筒エンジンの振動の心地良さを知ってしまったいま、年甲斐もなく その魅力にとりつかれている。

初めての手紙で、ミーヨはたずねる。
「なぜ、オートバイに乗るの?」
なかなか書けない返事に、コオは次のようにだけ、こたえた。
「退屈だからにちがいない。
退屈だと、なにをやっても、自分の好きなように、どんなふうにでも適当にごまかせてしまうから。
だけど、オートバイだけは、適当にごまかすことはできない。
ごまかしていると、やがてかならず、しっぺがえしがくる。
厳しいんだ。
だから、乗るのさ、最高の緊張だよ。」
シンマイのわたしにも、コオの言うことが、よぉく判る。

蛇足だが、ミーヨのふるさとの島は、おそらく北木島だと思う。
岡山県笠岡市の、瀬戸内海沖に浮かぶ島だ。
良質の花崗岩の産地。
大阪城や 新しい東京駅の屋根にも、北木島の切板石が使われているらしい。

以前 旅先で一緒だった連れのご夫婦が、北木島の方だった。
純朴な同年輩のご夫婦だったので、親しくなった。
ご主人は長く石材業に携わっていて、ようやく暇ができたので家内と泊りがけの旅にでました、とのことだった。

日焼けした小顔のご主人の腕が、ほっそりした体型ながら わたしの脚ほどもある逞しさだったことを、よく覚えている。
奥さまも、日に焼けた やさしい顔つきをなさっていて、聞き上手な とても感じのいいご婦人であった。
ミーヨの両親も、きっとあのご夫婦のようなんだろう、そう 勝手に想像している。


天草の東海岸・不知火海とは まるで別ものの様相を呈した西海岸の海は、それでもいまは 穏やかに目の前に広がっている。
天草の深すぎる悲しみの歴史に思いを馳せるには、いまの天草灘は穏やか過ぎる。
十三仏展望台に渡る風は、カリビアンブルーのエストレヤの彼女の髪をなびかせて、まちがいなく春の風であった。

いつの日か、この天草島を一周するツーリングに出かけたい。
それも、エストレヤの兄貴分のカワサキW800で・・・
85パーセント不可能な夢を、いま ワクワクしながら、ゆめみている。
15パーセントの はかない望みを、日々のライディングの練習で かなえられると信じて。