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九回裏の奇蹟

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先日の朝日新聞 「天声人語」で、グサリとくる川柳を見つけた。

  九回裏 別に奇蹟もなく 負ける (川上三太郎)

夏の高校野球石川大会決勝戦の 奇蹟の大逆転記事に、まくらとして紹介されていた。


身辺整理を始めた。
見事に 要らないものばかり。
要る要らないは、その時々 気分にも拠る。
思い出にふけりだすと、捨てづらくなる。

要る、と考えて残したのだろうから、当初は要るものだったに違いない。
しかし、何年も いや 何十年も仕舞いっぱなし、ということは、これから先も まず要らないはず。
と言い聞かせて、ゴミの山。

ふと考えた。
わたし自身が 要らないもの。
なければないで、世の中 知らん顔で回ってゆく。

武士社会の世では、ことに男は、おのれの死に場所を つねに考えていた、と思う。
現代、還暦過ぎても、なまじっか 一見元気そうなものだから、もう一花咲くんじゃぁ、なんて考えてしまう。
だが 実は、「九回裏 別に奇蹟もなく 負ける」であって、それが当たり前、自然な姿なのである。


身辺整理に、おそらく 「お仕舞い」はないであろう。
過去の遺物を捨てたあとから、また今日の遺物が溜まってゆく。
ならば、いっそのこと 「店仕舞い」はよして、開店のためのエッセンス作り、と考え直そう。
開店のオーナーは、もちろん わたしではない。
未知の人かも知れない。
店を継いでくれる人なら、誰だっていい。
これらエッセンスを捨てるか残すかは、そのオーナーの判断に任せればいいこと。

こう考えると、身辺整理も けっこう面白くなってきた。
九回裏の奇蹟なんかは 望まない。
無欲ほど 楽な暮らしはない。