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小暮荘物語

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名曲 『時代』を23歳のときに作詞・作曲した中島みゆきを評して、故 筑紫哲也氏は 「あんな人生の奥深くを語る歌を 年若い彼女が どうして作れたのか不思議だ」と語っている(NHK BS2 1994年1月10日放映 「中島みゆき特集」第一夜)。
これと似た感想を、三浦しをん著 『小暮荘物語』(祥伝社文庫)を読んで感じた。

たいていセックスを扱った小説は、隠微になるか底抜けにハレンチか、おおっぴらに人前で読むには ちょっと気恥ずかしくなるのだが、『小暮荘物語』は、地下鉄の中でも公園のベンチでも、ニヤニヤしながら読んでいても平気である。
ただし 『小暮荘物語』は、かなりエッチな小説である。
エッチさが、きわめて奇妙で、いやらしくない。
なぜか?
結論的にいうと、この小説は ‘人生’を語っているからだと思う。

だいたい、駅のホームの柱にできた水色の突起物を、ふつう、男根と思うか?
夫のいれるコーヒーが泥の味がするからといって、いったいだれが、夫の浮気を言い当てられる?
だいいち、70を過ぎたじいさんの 「燃えるようにセックスしたい」という悩みを、38歳の女性の著者が、なぜ判る?

奇妙キテレツな語り口が、どっこい、ものすごく奥が深い。
300ページ足らずの、うすっぺらなこの小説を読み終えるのに、丸一日もかかるまい。
ところが 読み終えて、ど―っと疲労する。
同時に、もう終わりか、これ以上おもろい小説に出会うことはないかもと、さみしくなる。

それは、7つの短編それぞれに描かれた 小暮荘アパート住人の 小さなささやかな人生が、重く深く 読むものの心に 寄りかかってくるからであろう。
変人に違いない 小暮荘アパート住人のひとりひとりが、読者に潜む変人性に 共鳴するからであろう。

こんなおもろい小説、読んだことがない。