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太極拳少年

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去年の暮れのことです。
孫たち指定のクリスマスプレゼントの本を探しに、四条烏丸の大垣書店をうろうろしていました。
ネットで本を買うと、思うような贈り物の包装をしてくれないからです。

用を済ませて ‘本棚ショッピング’のついでに、スポーツ棚に目がゆきました。
太極拳関連の本は、最上段のすみっこのほうにありました。
だいたいは一度は目にした書籍ばかりでしたが、確認したい ‘勢’を調べるべく、『陳式太極拳』を手にとって見ていました。

傍らにいた小学校高学年らしき男の子が、しきりに棚の最上段あたりを探しています。
「取ってあげようか? どの本を探しているの?」
「あぁ-、いいです」
あまりしつこくたずねるのも・・・と思い、手にした本に目を落としました。

どこからか足継ぎを持ってきて 男の子が最上段の棚から取った本をなにげなく見ると、『楊式太極拳』と読み取れました。
「ボク、太極拳に興味あるの?」
カマイにならないようにと思いながら、思わず そうたずねました。
「あっ、ハイ」

60歳近くも年齢差がありそうなのに、その後 小半時ほど男の子とわたしは、話が弾んだのです。
それも、手振り足踏みを交えながら・・・
あとから家内から聞いたのですが、まわりの人たちがけったいな顔で見たはったヨ、と。

小柄だったから小学校高学年と思ったけれど、しっかりした受け応えから考えて、男の子は中学生だったかもしれません。
この太極拳少年と対等に話しあったひとときは、時間経過を忘れるくらい、充実していました。

イェマフェンゾン(野馬分鬃)、ショウホエピパ(手揮琵琶)、ダンビェン(単鞭)、ヅォヨウチュァンソウ(左右穿梭)・・・
これらの太極拳二十四式名が、少年の口からポンポン飛び出すことに、震えるような喜びを感じたのです。

「いつごろから習いだしたの?」
「9月からです」
「えっ、ことしの9月から?」
「そうです」
「どこで習っているの?」
「オバが『八卦掌』をやっていて、はじめるんだったら太極拳二十四式からやりなさいって」

八卦掌(はっけしょう)は、太極拳とは兄弟分の中国式術のひとつで、わたしも以前から興味を持っていたのです。
おばさんから習っているとは言え、少年の知識や身のこなしは、相当なものです。
とても3ヶ月やそこいらの短期間で、習得できそうなものではありません。
よほど太極拳が好きなのに違いありません。

「オバのシァシドゥリ(下勢独立)が、ものすごくカッコいいんです」
あぁ わたしも、少年のおばさんの下勢独立を見てみたい。
そして、下勢独立をものすごくカッコいい、と言った太極拳少年を、とてもいとおしく感じました。

この太極拳少年とめぐりあえたことは 幸せでした、どんな素晴らしい「太極拳解説書」を見つけるよりも・・・
せめて少年の名前だけでも、聞いておけばよかったものを、と いま思っています。