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詩、一篇。

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わたしには、詩は書けない。
だけど、詩のすごさは、判る。
わたしは、優しい人間では、決してない。
だけど、優しい人間の悲しみは、理解できる。

吉野弘の 『夕焼け』という詩を読んで、そんな気がした。

  いつものことだが
  電車は満員だった。
  そして
  いつものことだが
  若者と娘が腰をおろし
  としよりが立っていた。
  うつむいていた娘が立って
  としよりに席をゆずった。
  そそくさととしよりが坐った。
  礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
  娘は坐った。
  別のとしよりが娘の前に
  横あいから押されてきた。
  娘はうつむいた。
  しかし
  又立って
  席を
  そのとしよりにゆずった。
  としよりは次の駅で礼を言って降りた。
  娘は坐った。
  二度あることは という通り
  別のとしよりが娘の前に
  押し出された。
  可哀想に
  娘はうつむいて
  そして今度は席を立たなかった。
  次の駅も
  次の駅も
  下唇をギュッと噛んで
  身体をこわばらせて---。
  僕は電車を降りた。
  固くなってうつむいて
  娘はどこまで行ったろう。
  やさしい心の持ち主は
  いつでもどこでも
  われにあらず受難者となる。
  何故って
  やさしい心の持ち主は
  他人のつらさを自分のつらさのように
  感じるから。
  やさしい心に責められながら
  娘はどこまでゆけるだろう。
  下唇を噛んで
  つらい気持ちで
  美しい夕焼けも見ないで。