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いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう

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名場面というのは、恋の予感の名場面というのは、そう簡単に出会えるものではない。

映画 『ウェストサイド物語』の名場面、マリアの住むアパートの非常階段、名曲 「マリア」と 「トゥナイト」。
あの感動から半世紀、幾度か 心に残る出会いを経て、久々に名場面に出会えた。
カンテレ月9ドラマ 『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』、第三話(2月1日放送)。
そのシーンを、書きとどめたく 思う。


脚本家・坂元祐二は、(たぶん)横浜ベイブリッジの見えるコンサート会場に 杉原音(おと、有村架純)と曽田連(れん、高良健吾)を連れて行く。
スワベック・コバレフスキによる 「音と夜景で綴る演奏会」、その溢れ音楽が聞こえる軒下へ、二人を導いた。

連が、雑物置き場の埃を払って、音を招く。
音 「空いてるんですか」
連 「Aの15とAの16です。どうぞ」
二人は、夜の海に向かって 腰掛ける。
階上から、演奏が聞こえる。
音 「わたし、じつはコンサート、初めてです」
連 (大きな声で)「えっ」
音 「シーっ」
連 (小声で)「俺もです」
音 「えっ、ないんですか?」
連 「ないです、ないです」
音 「クラブとかも?」
連 「ないよ、ないない」
音 「踊ったりは?」
連 「しない、しない。えっ、するんですか?」
音 「しない、しない。今まで踊ったりしたのは、アルプス一万尺くらいで・・・」
連 「アルプス一万尺って、踊りですか。踊り?」
音 「踊りじゃないですけど・・・」
連 (手遊びの真似をしながら)「こういうやつ、ですよね」
音 (同じように 手遊びの真似をしながら)「あっそうそう、こういうやつ」
二人は目を合せて ニコリと頷き、アルプス一万尺の手遊びを始める。
だんだん速く、一連の手遊びを。
連 「完璧ですね」
音 「なんで出来んの?」
連 「なんでだろう」
音 「もう一回やってみよ!」
二人は、もう一度 アルプス一万尺を、もっと速く。
たまらなく楽しそうに笑う二人。
階上の演奏会が一区切りしたのだろう、大きな拍手がきこえる。
二人は互いに シーっという仕草をして、小さく拍手する。
余韻のピアノメロディー・・・
連 「楽しいィ」
音、大きく頷く。
連 「東京に来て、いちばん」
音 (連の方をじーっと見て、しばらくして)「仕事、たいへん?」
連 (すこし間をおいて)「いやっ、まぁ」
音 (連の目をしっかり見て)「ちがう」
連 (ちょっと ためらうような素振りのあと)「前は、朝、電車で仕事 行ってたんですけど・・・」
  「何日かに一回、何日かに一回ですけど」
  「人身事故がありました というアナウンスがあって」
  「人身事故って そういうことじゃないですか」
音 「うん」
連 「そういう時に、隣にいた人が、普通の人が、チェッて 舌打ちするんです」
  「電車 何分遅れる とか、そういうの聞いた時、なんか、よくわかんないんだけど、なんか、よくわからない気持ちになります」
音 「うん」
連 「そういうことが、そういうのに似たことが、まいにち、少しずつ、あります」
  「けど、自分のことで精一杯だし、どうしようもないから、気づかないふりしてるんですけど」
  「こっちに出てきて、6年経って、ずっと よくわかんない感じがあって、なんか・・・」
  「うまく言えないや。」
  「スミません、変なこと言って・・・」
音 (首を大きく 何回か横に振って、しばらくして)「きょう昼間、郵便出しに 外に出たんですけど」
  (上着のポケットからケイタイを出して 画像を連に見せながら)「郵便ポストのそばに、これがあって」
  「咲いてたんですよ。まぁ、それだけ、なんですけど・・・」
連、音のケイタイに写っている 小さな紫色の花を、じっと見つめている。
音 「それだけです。」
連、画像に見入って、ケイタイを離そうとしない。
音 「別にそれ以外、なんも写ってないですよ」
連、やっと ゆっくりズボンのポケットから、自分のケイタイを取り出して 一枚の写真、それを音に渡す。
石畳みのすき間に、一輪、白い小さな花。
連 「杉原さんに見せようと思って・・・」
音、その画像を 喰い入るように見る。
お互い、相手のケイタイを、じっと見つめる。
音 (暗い海の向こうに目をやりながら)「いつか・・・」
音、連の目をじっとみて、しばらくして、思い直したように、首を横に振り続ける。
再び、お互いのケイタイを、じっと見つめる二人。
コンサートの終了を告げるように、階上から、大きな拍手。
二人は、ケイタイを返しあって、ともに拍手する、階上を見上げながら。


人は、自分の心と通底する相手を見出したとき、大きな喜びを感じる。
と 同時に、それが男女であれば、そのとき、特別に魅惑的な感情が生まれる。
それを、恋 と言うのだろう。

このドラマの 貧しい二人の行く末は、どうなるのだろう、知らない。
ただ、二人を見ていて 思うのは、聖書にある この言葉だ。
「心の貧しき者は 幸いである」