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褒めてもらいたい人

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あなたにとって、褒めてもらいたい人は、誰ですか?
褒めてもらいたい人とは、その人に褒めてもらいたい、その人のことです。

BSプレミアム・宮崎発地域ドラマ 『宮崎のふたり』(10月19日放映)の主人公・幸彦(柄本明)にとって、褒めてもらいたい人は、これまで犠牲にしてきた妻・京子(原田美枝子)でした。


宮崎がハネムーン先として もて囃されたのは、わたしたちの少し前の世代、昭和40年代でした。
ご当地ソング 「フェニックス・ハネムーン」(永六輔作詞、いずみたく作曲)が流行った頃です。
新婚旅行先を宮崎に選んだ世代が、戦後日本の経済繁栄を支えたと言っても、過言ではないでしょう。

わたしが宮崎を訪れたのは、新婚旅行ブームが去った少し後の 昭和53年3月でした。
子供たちが小さかった頃の家族四人だけで遠出した、最初で最後の旅でした。
まだ その頃は、青島神社も鬼の洗濯板もサボテンハーブ園も、賑やかでした。


ドラマでは、定年退職した初老の男・幸彦が、ひとりで、現在ただいまの宮崎にやって来ます。
悪態ばかりつく、いやなクソおやじです。
集団就職か何かで 田舎から出てきて、叩き上げられて、大手建設会社の課長にまで出世して・・・
彼の手には、妻・京子から送られてきた なぞのハガキの束が、握られています。

幸彦は、タクシー運転手・詠介(森山未來)とその彼女・咲耶(池脇千鶴)に出会い、一緒に思い出の地を巡ります、失ってしまった妻との時間を取り戻そうとするかのように・・・
長年 連れ添った妻との間で育んできたもの、埋められなかったもの、残してきたもの・・・。

詠介や咲耶には、幸彦は 「妻は亡くなった」と自称しています。
が 実は、妻・京子はアルツハイマーで 老人ホームにいるのです。

妻から送られてきたハガキに描かれた 稚拙な絵の正体を、ひとつひとつ辿って明かしていくのですが、一枚だけ解らないものがあります。
大きな丸が 震える線で描かれたハガキ。

自分がアルツハイマー病と気付き出したころ 京子は、夫・幸彦に、新婚旅行で訪れた宮崎の地に もう一度いっしょに行こうと、提案していたのです。
自分の病状を打ち明ける目的も兼ねて・・・。
まだ現役だった幸彦は、忙しさにかまけて その提案を反故にしました。

京子は、まだ辛うじて確りしている状態の10年前、夫に反故にされた思い出の地への旅を、一人でしていました。
新婚旅行で泊まった宿の女将さん・美穂(市毛良枝、実は咲耶の母)から、京子は、新婚だった自分たちの写真をもらい受けます。
美穂は、当時 宿泊してくれた新婚さんのカップル写真を、ずっと残しておいたのです。

そうとも知らず 幸彦は、美穂と咲耶が営む小料理屋で、そのカップル写真アルバムを見せてもらいます。
彼は、自分たちの写真だけが剥がされていることに気づきます。
そして、美穂が10年前 京子から預った手紙を、京子が幸彦といちばん訪ねたかった場所(戸崎鼻灯台前)で、咲耶から受け取るのです。
そこは、ハネムーンの夜、海の上の満月を見た場所でした。
いつか 夫が訪ねてきたときに渡してほしいと、頼まれた手紙。

手紙には、こう ありました。
わがままで、身勝手で、仕事しか頭になかった幸彦への、恨みつらみが長々と・・・
そして、最後に・・・
威張り腐って出て行く幸彦の、ふっと振り返る顔が語っている意味が判って、すべてを許せるようになった、と・・・。
この人は、私に褒めてもらいたいんだ、と。
どうだ、おれ!スゴイだろって。
私、あなたにとって 褒めてもらいたい人なんだなぁって。
それって 凄く嬉しいの、最高に幸せなの。
なら、それだけで いいかって・・・
ゴメンね 話し相手になってあげられなくて。
寂しい思いをさせて、ごめんね・・・

手紙を握りしめて、号泣する幸彦。

そして数ヵ月後。
老人ホームの屋上を、まん丸な月が出ている夜に、車椅子に乗った京子を押す幸彦。
そして、最後まで解けなかった絵ハガキの謎が明かされます。

あのさ、ずっと訊きたいことがあったんだけれど・・・
稚拙な丸の絵ハガキを取り出す幸彦。
これさ、これ満月、ハネムーン、そうだろ、当たりだろ。
ゆっくり、首を横に振る京子。
そして、か細くつぶやきます、「は・な・ま・る」と。


あなたにとって、褒めてもらいたい人は、誰ですか?
私にとって 褒めてもらいたい人は・・・それは伏せておきましょう。