YAMADA IRONWORK'S 本文へジャンプ
やさしさについて、の最終章。

文字サイズを変える
文字サイズ大文字サイズ中



このごろ報道などで よく耳にする言葉に、「忖度(そんたく)」という難しい響きがあります。
どうも これは、「おもねる」あるいは 「追従(ついしょう)」という意味で用いられているらしい。
「おもねる」は、漢字で書くと 「阿る」、難しく表現すると 「阿諛(あゆ)」。
本来 「忖度」には、「おもねる」の意味はないはずです。
ひとの気持ちを 感情に左右されずに慮ること、それが忖度の正しい意味のはず。
日本語は、正しく使ってほしいものです。

なぜ そんなに、忖度にこだわるのか。
それは ある時期、やさしさについて ちょっと真剣に思索していた頃、やさしさが醸す女々しさから 少しでも抜け出したい気持ちが昂じて、忖度という言葉に落ち着いたことがあったからです。

忖度という響きが、揺れ動く感情から離れて居られるような、それでいて 「やさしさ」の持つ 思いやりの柔らかさも感じられる、というような理由でした。

先日、二夜連続のテレビドラマ 『絆~走れ奇跡の子馬~』を観ました(NHK3月23、24日放映)。
福島県南相馬市で馬の生産牧場を営む、松下雅之(役所広司)。
3・11の激震で息子(岡田将生)を失いながら、その日に生まれた子馬・リヤンを競走馬として育て上げることに希望を見いだす、寡黙な男の物語です。
描くことは難しいと考えられていた震災ドラマですが、悲惨な場面をほとんど見せずに、一被災家族の松下家の絆を サラブレッドのリヤンの成長に託して描いた、グッとくるドラマでした。
後編で、立派に育ったリヤンを本格的な競走馬に調教してもらいに、雅之と娘・将子(新垣結衣)は北海道へ行きます。
あちこちの生産育成牧場をたずねますが、どこでも断られ、最後に、かって雅之が働いていた牧場で オーナーの加山(小林薫)に、二人は土下座して縋ります。
加山は、若気の至りで辞めた雅之のことを、未だ許していません。
それでも加山は、被災し 息子を失った雅之の気持ちを 「忖度」し、返事を一晩待ってくれと告げます。
リヤンは競走馬としての素質もありそうだし、感情として、雅之らの希望を叶えてやりたい。
しかし、放射能汚染の恐れのあるリヤンを預ることは、他の馬主が許さないだろう。
加山牧場の大勢の従業員やその家族のことを思えば、牧場経営に支障をきたす行動は取れない。
翌日 加山は、雅之と将子に すまないと深々と頭を下げます。

加山の取った行動は、その場の感情に左右されない 深い忖度に基づいていると思います。
かって 自分も、加山と同じ立場に立ったことがありました。
そのとき わたしは、加山のような思慮深さに欠け、相手を傷つけてしまい、自分も落ち込みました。
そのときに至った言葉が、「忖度」だったのです。
でも 忖度という言葉も、ほんとうのやさしさとは ちょっと違うんじゃないか、そんな しっくりしない気分が残ったことを、覚えています。

10年ほど前、このブログに 『やさしさについて』という題で 投稿したことがあります。
そこで、“くぎ抜きさん”の門前の標語板に見つけた言葉、末尾にジョン・レノンと書かれていた言葉を、紹介していました。
“やさしさだけでは生きてゆけない。でも、やさしさのない人生なんて、生きていく意味がない”

この言葉を見つけたのは、忖度という言葉に 軟着陸していた頃だったと記憶します。
だから、“くぎ抜きさん”の標語板の言葉に、“救われたような気がした”のでしょう。

やさしさに拘るのは、自分がやさしくないからです。
10年前のブログに記したとおり、それまで やさしさとは縁遠い生き方を旨としていたからです。
人を憎み、蔑み、蹴落とすことで、生きるエネルギーのみなもとにしていたのです。
こんなエネルギーはニセモノだという叫びがあったのも、事実です。

10年経った いまも、その性は変わりません。
歳を重ねたいま思うのは、この性はどうしようもない、墓場まで持って行くしかない、と。

先月の初め、『彼らが本気で編むときは、』という映画を観ました。
荻上直子監督、生田斗真主演の、トランスジェンダーを主題にした作品です。
10年前なら、まず 観ようとは思わなかったでしょう。

強い意志を持って あらゆる困難に立ち向かったからこそ得た 真のやさしさをもったトランスジェンダー・リンコを、生田斗真が 見事に演じきっています。
リンコの恋人マキオは、悩みながらもリンコの人間性に惚れ込む男、これを桐谷健太が 懐深く演じています。
心と体の違和感に悩むリンコを 必死で支える母フミエの偉さ、それを田中美佐子がサラリと演じています。
マキオの姪っ子トモは、子を産めないリンコの ほんとうの子以上にほんとうの子、その難役の揺れる心を 新人の子役・柿原りんが 感情豊に演じて、リンコのやさしさを 上手に解き明かしていました。
リンコのやさしさが、あらゆる偏見を凌駕していました。

リンコの体験したものすごい忍耐 それがなければ、あのような真のやさしい人にはなれない。
やさしさについて語るのは、もう止めよう。
耐える力のない者に やさしさを語る資格はない、ハッキリそう思いました。

やさしさは、永遠のテーマであることには、変わりありません。