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京都国際写真祭

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第5回京都国際写真祭は、昨日で閉幕しました。

会場は、寺院や通常非公開の歴史的建造物、モダンな近現代建造物、それに解体途中の元・新風館。
会場を見るだけでも値打ちのある場所が、選ばれていました。
そのほとんどが街の中心部にあり、徒歩や自転車で会場を巡る外国人観光客も多かったです。
つまみ食いのように、短時間で目ぼしい会場を廻ってみました。

ことしのテーマは 「LOVE」。
このテーマに最もふさわしいと人気の荒木経惟氏、その作品会場となった建仁寺塔頭・両足院には、長蛇の列ができていました。

写真は好きなジャンルですが、どうもいまどきの “芸術写真”は、苦手です。
全部を見て回ったわけではないので、素晴らしい作品を見逃したのかも知れません。
古い感覚なのでしょうが、フィルム代や現像代が高価だった頃のシャッター一押しに込める緊張が、連写や修正が自在にできる今のカメラから生まれる作品に、感じにくいです。

このブログを書こうと思ったのは 実は、写真のことではなく、この写真祭の一会場となった 「帯匠 誉田屋源兵衛・竹院の間」二階に展示されていた、十代目 山口源兵衛の作品のこと。
「日本の神髄」と題された小展覧会、そこに並べられた 九条の帯と一領の花嫁衣裳。

ちょい齧りながら なんでも興味をもつのが性癖の私ですが、和服関係には 今まで興味が湧きませんでした。
違う世界の代物、という感覚でした。
ですが、誉田屋源兵衛の二階で出会った 九条の帯と一領の花嫁衣裳には、ビビビッと感動の稲妻が走りました。

この感動をどう 言葉で表現したらいいのか、一つ一つ目を凝らして感賞する その合間に、チラチラっと知らず知らずのうちに読んでいた作品解説文。
そのコメント文が、会場を出て 俄かに、あの感動に言葉を添えていました。
その翌日、最終日の昨日、あのコメント文をもう一度読みたくて、その目的だけで 再度、誉田屋源兵衛・竹院の間の二階を訪ねました。

このコメントは きっと、十代目・山口源兵衛氏みずからの文章に違いありません。
もちろん このコメント文だけから、九条の帯や一領の花嫁衣裳から放たれる 「ワンダフル」が伝わるべくもありません。
しかし、このコメント文があるからこそ、理解できる 「ワンダフル」があるのです。

あの感動を定着させるために、そのコメント文を書きとどめておこうと思います。

【過巻文様】
江戸末期から明治にかけて、開国によって海外の先進技術が流入して来た。
存在生命の危機感から、職人達は超絶技を駆使して生き残りに賭けた。
その作品はロンドン万博、パリ万博、ウィーン万博に於いてジャポニズムブームを起こした。
世界を驚愕させた超絶技である。
この過巻文様は、凹凸感を表現しての超細密織物の限界である。
本金と本赤漆のみで表現した(下地は絹)。

【破れ扇】
戦に於いて大将が負けを認めない限り、負けた事にはならないのだ。
軍扇がズタズタに引き裂かれても、戦士の誇りはゆらぐ事はない。
信じ難い豪気な心、剛毅な精神力が、野生の底力と相重なって新しい現実を創りだすのだ。
江戸後期という戦争もない時代、十一代将軍家斉所用とも伝えられる陣羽織のこの柄(柄の起源は桃山時代と思われる)は、日本の最高の意匠と云えるだろう。

【若沖八重菊】
十数年来、若沖の菊を帯にしたいと思い続けて来た。
透明感と無重力感が若沖の表現。
この二点を織物に表現するのに十年近くかかってしまった。
堂々と若沖の菊と言う為には、この二点を達成していることが条件だから。
絵画と織物では、勿論、違った表現にはなるが、美の土俵では、勝負しかない。
若沖と勝負したかったのだ。

【古箔】
箔とは、最上質の和紙に漆を引き、本銀箔を丹念に、わずかに重ね貼って作る。
本銀は年と共に酸化して焼けて行く。
この作品は、数百年以上前に作られた本銀箔が徐々に経年変化したものです。
本銀は自然に経年変化し、ときには人為的な作為には及びもつかない深く圧倒的な美しさを表出するのです。

【跳鯉】
跳鯉図は中国、元の時代の制作で、最高傑作と云える。
老子、荘子の思想から発した水墨画は 「色彩は目で見て、水墨は心の眼で観る」とある。
すなわち人の目は色彩に気を取られると 「ものの眞の姿をとらえることは出来ない」。
水墨はそこに無限の意味、無限の色を見ることが出来ると云う思想である。
飛跳する鯉の図、水の流れは激しく、湧き上がる立浪は荒々しく、ほとばしり飛び散る水しぶきの中から、今まさに勢いよく飛躍せんとする瞬間の漲る力感、躍動感を描いている。
厳しい人生の幾度かの節目は、誰しも避け得ないものでしょう。
その度毎に力を尽くし、乗り越えていく人の気高く健気な姿を表現している様にも思われる。
跳ね上がる鯉の気迫に満ちた眼、その眼がかすかに下を見下ろしている。
実は見下ろしている先には、少し小さな鯉が描かれており、その目を見上げている。
夫婦か、親子か、兄弟、姉妹なのか。
心を通い合わせているのだ。
まさしくこの図は、水墨画の真髄であるところの心眼を通して、魂で味わうべきものなのだろう。

【網破りの勝虫】(トンボ)
平安末期、武家の台頭とともに豊穣のシンボルから尚武の象徴へと移行した。
絶対に後ろへ引かない習性から勝虫と呼ばれ、尚武(勝負)に勝つと云う見立てで、鎧文様に尚武紋と組み合せ武家の定番となる。
人生の度重なる不遇、不幸を網に見立て、それを力強く破る勝虫と云う吉祥を帯にした。

【北斗七星】
北斗七星は古来より吉兆のシンボルとされ、皇帝、皇太子の紋章であった。
燦然と輝く北斗七星は、勝利の祈りを捧げる対象であり、戦勝を約するものとして兵士達の士気を高めた。

【世界中の子と友達になれる】
日本画家、松井冬子とのコラボレーション作品。
松井は美しい藤の花を描き、その花に群がるおびただしい蜂達も描き込んだ。
藤の花なのか、群れなす蜂なのか、その巧妙、細密な表現を、織物としては限界の太い糸を織り込んで陰影の妙味を用いた。
筆で描くことと、織りで表現すること、お互いに一歩も譲れない火花を散らすコラボレーションであった。

【華】
花は紫陽花、葉は菊の葉、木は牡丹。
家康の孫、千姫が豊臣秀頼に嫁いだ際の衣装と伝えられる。
八歳で嫁ぐのだが、逆算すると千姫三歳頃の好みを文様に選んだと考えられる。
合成の幻の華と云う文様は他に例がなく、幼な子ならではの発想ながら、四百年前桃山バロック文化と典雅さを兼ね備えた見事な文様である。

【松竹梅三枚襲ね婚礼衣装】
明治期の富豪達は婚礼衣装の豪華さを競い合った。
三枚重ねて着るのだが、最後に羽織るのは黒地に紙布(かみのぬの)、神の御前にて着る紙の衣と云う配慮がある。
また文様は百花に先駆けて咲く花の女王 「梅」、樹木の王 「松」は互いに立場を譲らない。
その間を取り持つ 「竹」、この三者関係が生むエネルギーが 「松竹梅」の意である。
佳き事が幾重にも重なることを祈念して三枚重ねとした。

一昨日 同伴した妻に 「もし、どれか一つ 帯をあげると言われたら、どれにする?」と問うたら、【古箔】と答えました。
どうして と尋ねたら、「どの着物にも合いそうだから」とか。
とっさに そう答えられる女の人が、ちょっと羨ましい気がしました。