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二枚の報道写真から

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11月12日付けの朝日新聞に載った二枚の報道写真が、私の心に残りました。

その一枚は、女子バレー世界選手権2次ラウンドで セルビア・モンテネグロに奇跡の逆転勝利した瞬間の、日本チームの主力選手たちを捕らえた写真です。
竹下を背に、高橋みゆき、杉山、小山、荒木らの これ以上笑顔になれないというような笑みを 小柄な背の竹下に向けているのです。

いい試合でした。2セットを先取されての逆転勝利。
それも相手は、それまで無敗のセルビア・モンテネグロチームです。
第3セット、竹下の信じられないブロックが決まってから、流れは変わりました。
160cmにも満たない上背の竹下が、精いっぱい手を伸ばして跳んだのです。
その意気を感じてか、それまであまり冴えなかったリベロの菅山のレシーブが 見違えるようになりました。
レシーブで受けやすい球がセッターの竹下に返れば トスの達人、竹下がうまくアタッカーに繋いでくれる。
高橋みゆきも170cmそこそこの、バレーボール選手としては小柄な選手ですが、この人のバレーセンスには惚れ惚れします。
相手の動きをよーく見ています。打点が低くてもスパイクやフェイントが決まるのは、この冷静さです。
杉山も小山も荒木も、必死に粘りました。
私が知る女子バレーの試合で、東京オリンピックでの回転レシーブにも勝とも劣らない 興奮を与えてくれた最高の試合でした。

その後の戦跡で6位に終わりましたが、あの試合はきっと選手みんなの心に 誇りを持って生き続けることと信じます。


もう一枚は 「写真が語る戦争」特集として載っていた 1938年1月19日 “笑わし隊”として 天津陸軍病院の傷病兵を慰問した 柳家金五桜さんを、たくさんの傷病兵、将校、看護婦さんみんなが、本当におかしそうな笑顔で見ている写真です。

どの兵隊さんもいい顔をしています。ちょぼひげを生やした将校さんも満面の笑みです。
あの悲惨な日中戦争のさなかとは想像できない、いや あの悲惨な戦争のさなかであったらからこそ、ひと時の笑いをみんなが共有できたのかもしれません。
“笑わし隊”を派遣した吉本興業は、ひょっとしたら日本でもっとも有意義な会社なのかも知れない、そんな気がします。

「爆笑問題」の大田光君が 多摩美術大学の中沢新一氏と二人で著した 『憲法九条を世界遺産に』という新書本の中で、この世を救うのはわれわれお笑い芸人だ、と豪語しているのもまんざら嘘ではないかもしれません。
先日連れて行ってもらった桂出丸のひとり落語会でも、笑いの前には人は皆平等になれる気がしました。
お寺や街の喫茶店を借りて開かれる落語会に参加するたびに、浮世風呂、浮世床が形を変えて今も庶民の生活の中に生き続けているという思いがします。

写真は、一瞬の真実を写します。
次の瞬間にはその真実とは違う真実に変化しているかもしれません。
でも、写真が捕らえた瞬間において紛れもなくそれは真実なのです。
悲惨な報道写真も、驚きの報道写真も、その重要性に変わりはありませんが、上に紹介したような、人間の輝きの瞬間を写し出した報道写真には、私は深い感動を覚えます。
思い通りにならない一生において、そんな輝ける瞬間もあったのだ、と 悟らせてくれるからです。

私も、出来ることなら人間の一番美しい瞬間を写真に撮ってあげようと思います。