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マザーハウス

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マザーハウスの京都で初めての店・三条寺町店が、去年8月にオープンした。
29店舗目だ。
近くに引っ越したこともあって、三条寺町近くを通るときウィンドウショッピングを楽しんだり、これはどうしても要るものと無理やり暗示して たまにリュックとかセカンドバッグとか買い求めることもある。
マザーハウスのカバンは、デザインだけでなく、使い勝手の優れた品が多い。
このカバン好きは、死ななきゃ治らないようだ。

先日、久しぶりにマザーハウスを覗いてみた。
好みのバッグを手にしたいと、棚から取ってファスナーを開けようとして片手が買い物袋で塞がっていたので、ついうっかりバッグを床に置いてしまった。
「床が汚れていますので・・・」と、スタッフがそれとなく・・・、「商品が汚れますので」とは言わずに・・・。
自分のうかつさを詫びたわたしに、そのスタッフは笑顔で 「お気になさらずに・・・」と声に出さずに答えてくれた。
自社の商品に対するスタッフのプライドを、さわやかな形で教えられた気がした。


マザーハウスの創業者であるバッグデザイナーの山口絵理子さんを強く認識したのは、5,6年前に放映されたテレビドラマであった。
調べて思い出したのだが、そのドラマは TBSテレビドラマ特別番組 『20年後の君へ』(2012年7月1日放映)という単発ドラマだった。
それ以前に放映されていたドキュメンタリー番組 『夢の扉』の中で取り上げられた人物や団体をモデルとして、一度はバラバラになりかけた家族の再生を描いていた。
中井貴一演ずる一流商社エリートサラリーマンの娘を怱那汐里が演じていたが、『夢の扉』を観ていたので この娘のモデルが山口絵理子さんだと判ったのである。

25,6歳のうら若い女性が、東パキスタン(正確にはバングラデシュだが、わたしには東パキスタンのほうが判りいい)のような アジアの最貧国といわれる地で、どうしてバッグをつくろうとしたのか?
それは、10年前に放映された 『情熱大陸』を観返すと、あぁそういうことなのかと頷ける。
2号店開店直前に撮影された映像だ。

山口さんがバングラデシュでヘッドハンティングした現地マネージャーのアディフ・デワン・ラジッドさんが、こう言っている。
「これまで大勢の人々が開発の名のもとにやって来て、お金や食料を援助してくれました。でも私が思うに、それには持続的な効果はありません。なぜなら、人々に無償で何かを与えるのは彼らを ‘物乞い’にするのと同じだからです。
エリコさんは全く違う哲学の持ち主です。彼女は ‘ビジネス’を通じてこの国を力づけようとしています。それこそが、人々を救う唯一の持続的な道と私も信じます。
それが、私が彼女と共に働く最大の理由です。」

現に映像の中で彼女は、協力工場のピーコック社の従業員が4人も増えた と言って、はじけるような笑顔で喜んでいた。
そう、山口さんの信じているのは、「ほんとうは この国の人たちもできる」ということ、それが彼女を突き動かしている。
その具体的な行為は、並ぶ全てのバッグに 「原産国/バングラデシュ」のタグを付けること。


今年3月11日付けの “山口絵理子の日々思うこと” 『12年目』を読んで、ふと感じたことがある。

企業を引っ張っていくリーダー、ことに創業者が、つねにモティベーションを高く維持し続けることは、相当むずかしい。
山口さんは、多分それはビジネスだと思っているからだ、と言う。
彼女にとって、マザーハウスはビジネスではない、人生の旅みたいなもの、だと。
宝を探して仲間を見つけ、それを届ける旅路、だと。
ゴールに向かう旅をするのではなく、プロセスをエンジョイする旅、どこへ向かうか分からないから楽しい旅、だと言うのだ。
うらやましいと思う、と同時に、何か唸りたい気持ちになる。

ひるがえって、わが社のことを思う。

小さな企業ながら、なんとかここまで続いてきた。
5年後に、無事この5年を超えられれば、創業100年を迎える。
100年続くには、4代を経ねばならない。
先代以前はどうだったのかは定かでないが、少なくともわたしの代は、‘並ぶすべてのバッグに 「原産国/バングラデシュ」のタグを付けること’のような原動力を持ち得たわけではなかった。
目先のニーズをコマメにコナシて来ただけ、客先から日々届くニーズ、その多くは苦情に近いものを、誠心誠意受け止めてきただけ、のような気がする。
創業者でなかったから、かも知れない。

12年前に社長交代して、今、わたしの代よりは ゆったり経営しているように見える。
何か その日暮らしではないものを、今の社長は追及しているように見える。
うれしいことだ。
その何かが、‘並ぶ全てのバッグに 「原産国/バングラデシュ」のタグを付けること’に近いことなら、これほどうれしいことはない。
が、それはちょっと違うだろう。

100年は長い。
小さくても100年続けることは、並大抵のことではない。
大それたことでなくていい。
顧客がある、そのことが続く原動力である。
わが社に社会のニーズがあること、自社製品に堂々と誇りを持ち続けつつも、社会のニーズが有り続けるように変化していくこと。
そうあって欲しい。
今のリーダーなら、いけそうな気がする。


マザーハウスの堅実な発展を目にして、持続的なモティベーションを維持できるヒントを得たように思う。
5年後に創業100年を、わが社が無事に迎えられることを祈りつつ・・・・・・