YAMADA IRONWORK'S 本文へジャンプ
「やれば出来る」 は魔法の合いことば

文字サイズを変える
文字サイズ大文字サイズ中




いま、高校野球がおもしろい。

100回目の記念大会となったこの夏、星稜OBの松井秀喜さんの始球式で始まった。
うまい具合に、初戦は藤蔭 (大分) と星稜 (石川) 戦で、しかも星稜は後攻。
大先輩の松井さんと一緒に守備に就いた星稜ナインの誇らしさは、いかがばかりであったろうか。

八日目に、劇的な大試合が展開する。
第3試合、星稜対済美 (愛媛) の、大会史上初の逆転サヨナラ満塁ホームラン試合である。

試合は、初回から星稜打線が火を噴く。
適時打に次ぐ適時打で 初回で5-0とリード、星稜強しと 誰もが思っただろう。
4回裏の済美攻撃のとき 星稜エースの先発ピッチャー 2年生の奥川恭伸君が、右足がつって降板。
済美の猛追撃を予感したが、星稜の投手層は厚かった。
済美は、地区予選から山口直哉君ひとりで投げている。
星稜は、5回裏から佐藤海心君が 7回裏からは山口来聖君が登板、ふたりとも落ち着いた好リリーフで 7回裏まで済美打線を0に抑える。
7回裏を終わって7-1、星稜が逃げ切るのか と思われた。

最初のドラマは、8回裏に起きた。
この回 星稜は、ピッチャーを主将の竹内理央君に継投した。
済美は、死球と連打で星稜を追い上げていく。
2点返して1アウト満塁、バッターはピッチャーの山口直哉君、カウントは2ボール1ストライク。
竹内君の投げたスライダーが、山口君の右足に当たる、押し出し、痛そう。
星稜はここで、5人目のピッチャー 1年生の寺西成騎君を送る。
済美は、2アウトになるも なおも満塁のチャンスに、2年生の武田大和君が1点差に追い上げる2点適時打。
そして政吉完哉君が、土壇場で試合をひっくり返す 逆転スリーランホームランを放つ。

二度目のドラマは、9回表の星稜の反撃で起こる。
よもやの展開で逆に追い詰められた星稜は、粘り強かった。
1アウトから1年生の内山壮真君が安打で出塁すると 主軸打者の南保良太郎君が続き、主将竹内君の適時打で1点返す。
2アウト一、二塁と後がなくなるも、鯰田啓介君の適時打で、星稜は済美に追いつく。

星稜の6人目のピッチャー 2年生の寺沢孝多君は、済美を9回裏0点に抑えて、延長戦へ。

三度目のドラマは、延長12回裏だった。
後攻はやはり得、ことに延長戦では 後攻めは心理的に絶対に有利だ。
12回裏 済美は、芦谷泰雅君が二塁打を放ち、二つの四球も絡んで 1アウト満塁の絶好機を作る。
サヨナラの予感に、済美の応援団は盛り上がり、最高潮に達する。
だが星稜は、2年生ピッチャー寺沢君が二者連続三振で押し出しサヨナラピンチを切り抜ける、しかも二者とも3ボール1ストライクから。
一球一球が、息が詰まるドキドキ。
寺沢君の、あの負けん気な りりしい顔!いいなぁ。
いちばん冷静だったのは、寺沢君だったか。

さぁ、四度目のドラマは、タイブレーク13回表裏の攻防に起きた。

タイブレークは 夏の甲子園ではこの大会から始まった制度で、「タイ (同点) をブレーク (破る) する」 狙いの試合促進ルールである。
延長13回に入れば 「無死一、二塁」 からの攻撃に切り替わり、得点しやすくする。
1969年の松山商/三沢戦や1979年の箕島/星稜戦、それに2006年の早実/駒大苫小牧戦などの、長い延長戦にもつれた名勝負を知っている者には、タイブレーク制は もの足りない感はある。
だが、今夏の記録的な猛暑のなか、選手の肉体的負担を軽減する意味でも、タイムリーな導入だったと言えよう。

さて、延長13回表裏の攻防である。

ノーアウト一、二塁から始まる13回表に 星稜は、東海林航介君の進塁打で1アウト二、三塁と走者を進める。
続く河井陽紀君の当たりは サードへの内野ゴロだったが、三塁手のフィルダーチョイスを誘って 三塁から勝ち越しの走者が生還。
続いて佐々木光希君がスクイズを決めて、星稜に大きな2点目が入った。

これで大勢は決したか そんな雰囲気もあったが、済美は諦めなかった。
走者二人を置いて、8回裏に3ランを打った政吉君が 意表を突くセーフティバンド、ノーアウト満塁で1番バッターの矢野功一郎君に打席を回す。
ファウルで粘って カウント1-2から低めのスライダーを振り抜いた打球は、右翼線ギリギリを飛び ポールに直撃する逆転サヨナラ満塁ホームラン。

高校野球甲子園大会史上、初。
第100回大会で、歴史的な一発が生まれた。

口を開けて目の定まらない 一塁側応援席の応援団、信じられないという表情の 星稜ピッチャー寺沢君。
星稜側の呆然自失の人々に、わたしの目は釘付けになった。

ベンチに下ってからも つねにニコニコして同僚を励まし 大きな声で声援する 星稜のエースピッチャー奥川君の、最後まで涙を見せなかった姿に、わたしは引き付けられた。
痛いデッドボールにもひるまず ひとりで投げ切った 済美のエースピッチャー山口君の、顔色一つ変えない淡々とした姿に、わたしは引き付けられた。
こんな名勝負をリアルタイムで観戦できたことを、幸せに思う。

勝利チームの校歌が流れる。
   陽光 (ひかり) の中に  まぶしい笑顔
   今 済美 (ここ) にいるから  出会えたね
   共に学ぼう  これからは
   「やれば出来る」 は  魔法の合いことば
   腕をとり  肩を組み
   信じてみようよ
   素晴らしい明日が  展 (あ) けるから

「やれば出来る」 は 魔法の合いことば、この名勝負にいちばんふさわしい 言葉ではなかろうか。