YAMADA IRONWORK'S 本文へジャンプ
群れと対峙して

文字サイズを変える
文字サイズ大文字サイズ中



映画 『 ぐるりのこと。』 を観た。

木村多江演じる翔子が、尼寺の庵の天井に 花の絵を描くシーンがある。
心を病んだ翔子が、立ち直りのきっかけとなる場面だ。

庵主さまが 翔子に語りかける言葉が印象に残る。

「絵を描くのも技だけど、生きることも一つの技ですよ。」


この映画を語り出すと、話が長くなる。
いま書こうとしている主題 「群れ」から 逸れてしまいそうだ。
ただ、「群れ」のことを考えるとき、この映画の もうひとりの主人公、カナオ役の リリー・フランキーが浮かび上がってくる。

風采の上がらないスケベ男のリリー・フランキーに、どうしてこんなに惹きつけられるのだろう。
自然体の魅力なのか。
ほんとは根っからやさしい奴なんだという親近感からか。

わたしが カナオ役のリリー・フランキーに惹かれるのは、そういう 飄飄としたキャラ以上に、頼りなさそうに見える彼が 経済的にしっかり自立しているところ。
映画では それを“ 法廷画家 ”という職業で表現しているが、画家という能力を 生きるための手段としているという点。

技を身につけているものは、得てして その技に変にこだわりがちなものだ。
生活を犠牲にしてまでも その技に溺れてしまったり、後世に名を残そうなどと もがいてみたり。

カナオは、腹の中では悔しい思いをしているに違いないのだが 「金になる」使い捨ての “法廷画” を 黙々と描き続ける。

天与の技を 生きるための技として活かしながら、人の輪のなかで 群れることもなく 孤高の人となることもなく 生きてゆく生活者・カナオに、共感と安らぎを抱くのだ。



話を 元に戻します。

「群れ」について書きたいと思ったのは、実は 梨木香歩著 『ぐるりのこと』 の中の 「群れの境界から」という章に 触発されたからである。

映画 『ぐるりのこと。』 とは、関係ない。
いや、身近かなことなど(すなわち、ぐるりのこと)をたいせつに思う心は、同じかもしれない。

ところで、「群れ」にまつわる晴れない気持ちは 少年期からずっと引きずっており、この歳になっても わたしは いまだに 超然とした境地にはなれていない。
群れることに嫌悪感を抱きつつも、群から見放されたくない自分。
これを梨木香歩は 「群れへの回帰性と個への志向性」 と表現している。

ただ、歳を経ることによって 見えてくるものもある。
そういう相反するような性質のものが 実はそうではないこと、一人の人間の中に そういうものが葛藤も見せずに存在しうるものであること、ともかく、人間とは どうやらそういうものであるらしいこと、を、自分には実現しそうにないにしても、幾人かの惹かれる他人のふるまいの中に 発見してきた。
映画 『ぐるりのこと。』 のリリー・フランキーも、そのひとりである。


悩みの根源は、極端に言ってしまえば、これまでの人生 群れとの対峙にあった。
友達の輪の中に入っていきたいくせに 遠くでその輪をながめていた少年期の自分、ベトナム戦争に心底怒っているのに ベ平連には溶け込めなかった学生時代の自分、付き合いが大切と頭ではわかっているのに ツルむことを避けたサラリーマン時代の自分・・・

ひとりひとり人間のような顔をしているくせに、本当は個人を生きていない、と、嘯いていた。


6人きょうだいの上から3番目だった わたしの母は、12歳の時 養女に出された。
なんで自分だけが と思ったことだろう。
母が 肝炎の手術の際に体内に入った他人の血(あの頃はまだ どんな血が輸血されるかわかったものではなかった)で引き起こされた(と 私は疑っている)強迫神経症と 末期性肝臓病で 寝たきりになっていたとき、母のすぐ上の 80を越した伯母が 母のベッドの脇でこんな話をした。

おとくさん(母の幼名は「とく」であったが 義理の母、すなわちわたしの祖母が同じ「とく」だったので 「一恵」と改名した)が15の頃やったやろか、実家の門口に おとくさんが突っ立っておいでやった。
どうしたん と声掛けたら、すーっといんようになってしもうた。
どないして あんな遠いとこへ ひとりで来れたんやろな。
うちが恋しかったんやろかな。
かわいそうやったなあ。


母が弱音を吐くところを、わたしは見たことがない。
叱られて謝っても、許すと言ってもらったことがない。
女らしい端正な顔立ちをしているのに、これっぽっちも “女性” をのぞかせたためしがない。
群れることなど、ありえない。

わたしは、そうならないように と努めているのに いつのまにか 母とそっくりの自分に、はっとしてしまう。


エッセイ 『ぐるりのこと』 は、こう指摘する。

ヒトという、この本来、なぜ自分がここにいるのかすら甚だ心もとない、不安定きわまりない動物が、常に欲し、根元的に求めているのが、この、「安定」しているという感覚だとしたら、受け入れられてあること、(できることなら)愛されてあること、一体感、帰属感、そして その個を統合する全体性への強い憧れを禁じ得ないものだとしたら、そのための 「群れ」だとしたら、しかしもはやその「群れ」に、人を健やかに安定させる力が失せているとしたら、もう、「群れ」る必要はない。
その組織性が暴走し、本来その組織性が保証するはずだった精神的・社会的安定を 個から奪い、更に個の生命すら道具に使うようになったら、それは「必要悪」の次元を遙に超えている。
そうなった「群れ」にはもう忠誠を尽くす必要はないのだ。
そうなったら、「群れ」もトップも、個には必要ではないのだ。




今週の月曜日、沖縄は63回目の「慰霊の日」を迎えた。

15年前、わたしは 仕事で初めて沖縄を訪れたとき、ひめゆり平和記念資料館で 写真記録 「これが沖縄戦だ」 を買い求めた。
その表紙に使われていた 「うつろな目の少女」(実は少年)の本人、大城盛俊さんは、戦争の語り部として 沖縄戦を語り続けてきたが、高齢と病のため 語り部を引退せざるを得なくなった。

味方であるはずの日本兵に殴られて右目を失明し 実母もスパイと疑われて日本兵に殺された彼は、こう話す。


・・・でも私が本当に訴えたいのは日本軍の残酷さではない。彼らにそうさせた戦争が、残酷なんです。ベトナムもイラクもそうです。・・・


あの戦争は、「群れ」が個から精神的・社会的安定を奪ったばかりか 個の生命を道具として使った 最悪の結果ではなかったか。
それなのに、あの戦争で徹底して懲りたはずなのに、繰り返し繰り返し、「悪しき共同体意識の暴走」が湧いてくる。


反戦を叫ぶとき、いつも、X氏と繰り返される 不毛な問答がある。

もし、お前の家族が目の前で敵に蹂躙されようとしていたら、それでもお前は その敵に銃を向けようとはしないのか。

当然だろう。わたしは、どのような手段を講じても 家族を守る。

だったら、北朝鮮が ノドンを日本に向けているのに、お前はそれでも 反戦を叫ぶのか。

当然だろう。わたしは、どのような場合でも 反戦を叫ぶ。

お前は、単なる夢想的理想主義者だ。現実がわかっていない。


X氏のいう、現実とは、いったい何なのだろう。
いま書籍界は ちょっとした「武士道」ブームだが、X氏と話していると この武士道を ご都合主義的に解釈した 歪んだ同朋意識、ひいては 殉国の精神がちらちらしてくる。
X氏を見ていると、9.11直後の硬直したアメリカを 想起してしまう。

放っておけば、知らぬ間に増殖していく敵意と憎悪。
なんとかせねば、修復の道を探さねば、・・・

またしても、群れとの対峙だ。
この世で生きるということは、この群れとの対峙を うまく取り繕っていくことなのだろう。



映画 『ぐるりのこと。』 の最後のシーンが蘇る。
リリー・フランキー演ずるカナオは、廊下で 法廷画に手を加えている。

ふと 窓から見下ろす 人の群れ。ヒト、ヒト、ヒト・・・
彼は、独り言のように つぶやく。 「ヒト、ヒト、ヒト・・・」

結局のところ、「わたしは人間だ。およそ人間に関わることで、わたしに無縁なことは一つもない」 のであって、群れの境界に足を引っかけて、どっちつかずの気持ちのまま、群れと折り合いをつけて 生きていかなければならないのだろう。

願わくば、リリー・フランキーのように 飄飄と。

「群れ化」 と 「共生」 の 微妙な差異に、敏感であり続けつつ。