| チンチン電車 |
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年を取ると昔のことばかり話すようになるらしい。
先日の朝日新聞京都ページに 「平安神宮のチンチン電車、また会える」 という小欄があった。
現在最古級とされる電車(国重要文化財)が保存修理事業を終えて4月1日から再公開されるというこの記事に刺激されて、チンチン電車の思い出を語りたくなった。
祖母に連れられて北野天満宮に行ったときのこと。
それは、参道前の鳥居から今出川通りに出たところで出会った。
チンチン電車とである。
市電今出川線に ‘とうせんぼ’ にあったように行き止まりのレール、市電より幅の狭いレールが一条通りから伸びていた。
そのレールの上をオモチャみたいな電車がゆっくり寄ってきた。
あのオモチャ電車に乗ってみたい、扉のない乗り口から運転台へ昇ってみたい。
祖母にねだって叶った、京都駅までの夢のような 「チン電」 体験乗車だった。
小学校に上がる少し前のことである。
今でも鮮明に覚えている。
動くチン電から見る遊び慣れた北野商店街、堀川に架かる鉄橋を渡るときの車輪とレールのきしむような摩擦音、三線区間の四条通りで幅広レールを走る市電と行違う時の衝撃、狭い西洞院通りでチン電とすれすれの家の軒低二階から手を振る同年輩の子供に手を振って応えた興奮。
京都は明治維新以後、それまで居を構えていた天皇や公家が東京に移り住み、火が消えたような寂しさが漂うようになっていた。
そのため、京都市民の中からこのまま街が衰退することを憂慮し、産業の振興を呼びかける声があがった。
「第二の奈良にするな」 と。
琵琶湖疎水、更にはそれを用いた日本初の水力発電。
路面電車は、その水力発電によって供給される安価で潤沢な電力をもとにしている。
チン電の前身 「京都電気鉄道」 は、ひい爺さん世代の京都人の進取の風潮の賜物であり、平安神宮に再登場する 「チン電」 はその証だと、私は密かに京都人の誇りと思っている。
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