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或る罪悪感

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原田マハ著 『晴れの日の木馬たち』 を読んでたまらなく倉敷へ行ってみたくなり計画した一泊旅。
その翌日、玉島地区を歩いてみることにした。
旅に出る数日前に見たABCテレビ 『人生の楽園』 で、なまこ壁の蔵や歴史ある商家が残る湊町玉島地区の風景に、心惹かれたからだ。
山陽本線 「新倉敷」 駅で降りてバスに乗り換えようと駅前を歩いているとき、国連の啓蒙キャンペーンをしている若い男女ふたりに会った。
私を呼び止めた若い女性が 「アンカーってご存じですか?」 と問うた。
首を傾げると 「ユネスコはご存じですよね」 と続けた。
あぁUNHCRのことを言っているのかと察したので 「どちらも知っていますよ。ゴメン先を急いでいるんで・・・」 とその場を離れた。
「ごめんなさいね、バスに乗り遅れるといけないので・・・」 と家内がフォローしてくれた。
4時間ぐらい玉島の町並みを堪能して新倉敷駅に帰ってくると、先ほどのキャンペーン男女がまだ駅前に立っていた。
人通りの少ないこの駅前でキャンペーン効果はあったのだろうかなどと気になりつつ、避けるように通り過ぎた。
岡山へ向かう帰路の山陽本線車内で私は、説明しがたい罪悪感を伴う後悔をしていた。
最初にあのキャンペーン男女に会った時、さして理解していないくせに知った顔で 「どちらも知ってますよ」 などと言ったのか。
時間に余裕あったのだから、彼らの話をもう少し真剣に聴いてあげなかったのか。
帰りにもう一度会った時、「今ならゆっくり話聞けますよ」 と声をかけてあげなかったのか。
車窓から離れていく倉敷の町並みをぼーっと眺めながら、楽しかった一泊旅の最後に感じた後悔を、反芻していた。
罪悪感など持たなくていいのにと、自分に言い聞かせつつ。