鳥取県大山町鈑戸(たたらど)の野墓 |
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年末、奇跡的にあいた 空き時間に見る、テレビ。
めぼしいドラマはすべて終了したテレビビデオ番組を無造作に探っていて見つけた、火野正平 『にっぽん縦断こころ旅』 の再放送、2014年10月10日放映の372日目の旅、鳥取県大山町鈑戸(たたらど)の野墓(のばか)編でした。
鈑戸の野墓の風景は、大阪府高槻市の谷口邦子さんのリクエスト場所、彼女のこころの風景です。
火野正平一行が 倉吉駅から輸行してめざす最寄り駅は、山陰最古の駅舎のある 「御来屋(みくるや)」。
倉吉駅前でも どしゃ降りの空はあがらず、自転車の一陣は 大粒の雨に打たれながら、約14㎞先の鈑戸を目指します。
南の山側へ、かなりの登り勾配の道を進みます。
正平さんの息が激しくなる。
白い雨雲がところどころ切れ、大山の山並みが見え隠れしてきました。
「雨あがりの空気がおいしい!」 と、息切れの声を嬉しそうに震わす 正平さん。
県道36号線に出たところで 日本交通の路線バスが横切り、3年前に大山を訪ねた 『こころ旅』 を 正平さんは思い出します。
「おばあちゃんが前の席に乗ってて、おれたち後ろでさんざんおしゃべりしてんのに、なんの反応も示さないで、降りるときおばあさんが先に降りたんだけど、いつも見てますよぉって、にこっと笑って降りてっていっちゃった。そのおばあさんが乗ってたバスだ。」
やっと 「鈑戸のバス停」 に着きました。
ここは、正平さんがさっき思い出したおばあさんが降りたバス停です。
ここの三叉路を 左折します。
「やっぱり鳥が啼きながら飛ぶと、その後 雨が降らないなぁ」 と正平さんの独りごと。
この独り言は、正しいと思います。
鈑戸川に至ります。
川沿いの道は、文化庁選定 「歴史の道百選・大山道(坊領道)」 です。
川の西側平地に並び立つ、石積みの野墓群。
カメラは、野墓の風景を スロー撮りします。
たぶん 川向うの村から来たのでしょう、一台の電動シニアカーに乗ったおばあさんが、橋の上からこちらを見ています。
正平さんが声を掛けます。
「おうかがいしたいことがあるんですが、ちょっとこちらに来ていただけませんか?」
電動シニアカーを上手に操作しながら おばあさんは、正平さんの脇に近寄ります。
辛抱しきれないという風に おばあさんは、こう明かします。
「言っちゃぁいかん言われとったんですが 娘に、実はわたし、邦子の母です」 「ええーっ」
「あのね、その前 大山に来られたでしょぉ バスで、その時もお会いしてて 鈑戸のバスの駅で降りましたぁ」「ええーっ」
正平さんの うれしそうな顔!
その火野正平も、もうこの世にいなくなりました。
おばあさんを見送った火野正平は、おばあさんが 「間違いなくそこの野墓が土葬の墓ですぅ」 と証言してくれた野墓群のそばで、娘の谷口邦子さんの 「こころ旅への手紙」
を、もう一度 読みました。
雨に濡れた野墓の石積み墓群風景を、カメラは長撮りし続けます。
大阪府高槻市 谷口邦子さん(55歳)
わたしの 「こころの風景」 は、鳥取県西伯郡大山町鈑戸(たたらど)の野墓の風景です。
野墓というのは、両墓制において、遺体を土葬したお墓のことです。
お参りするのは、髪と爪とだけを埋めた普通のお墓の方です。
少し前まで、人が死ぬとお葬式は村から川を渡った川原に埋葬していました。
野墓は、ごろごろの石だらけで、穴を掘るときに出てきた石をそのままお棺の上に積み上げただけの、素朴なものです。
月日が経つと、どんどん石が沈んで低くなり、最後はまた元の川原にもどります。
当然のことながら、どの墓がだれのものかは、身内にしかわかりません。
その知っている人がいなくなれば、お参りする人もいなくなり、自然にもどっていきます。
わたしは、この川原のお墓の風景が、たまらなく好きなのです。
この野墓の風景を見ていると、そんなに無理して生きていかなくても大丈夫だと思えるので・・・
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