最後の雛飾り |
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「おひなさん、飾ってあげへんか。たぶん 最後やし・・・」
家内が こう提案した。
実は 去年の暮、来年は 本気の終活の年にしよう、そう話し合っていた。
傘寿という年齢もあり、物に囲まれた生活に 少々疲れたという事情もあった。
息子や娘に 煩わしい後片付けを押し付けるのが忍びない、という気持ちも 強くある。
その時から 私の頭の中で、片づけの順番が形づけられていった。
私の頭の中では、「まず お仏壇」 と決めていた。
早くに兄を亡くしているので、若いころから 親を見送ったあとの仏壇は 自分がみるものと思ってきた。
だから 先の引っ越しの時も、小さなモダン仏壇に替えるという選択を蹴って、本格的な仏壇のオーバーホールを 知り合いの仏壇店に依頼して、いま、ひとつの狭い部屋を仏壇がほぼ占領している。
ここへ引っ越してきて ほぼ10年、家内と二人で毎日 大切に守ってきたんだから、もう十分だと 自分に言い聞かせている。
二番目は、美術書。
みうらじゅん ではないけれど、私も若い時から仏像マニアで、親にねだって高価な美術書を買い溜めてきた。
それほど裕福でなかったのに、特に母は私に甘くて、ずいぶん無理をして 私が欲しいという美術書を買い与えてくれた。
その中には、一度も目を通してない書物も けっこうある。
罰当たりの上塗りだが、おそらくもう 開ける機会は ほぼないだろう、それを処分する言い訳にしている。
そして、三番目に 人形だ。
家内や娘が大切にしてきた人形たち、義母が玄人肌の趣味で作り続けてきた人形たち、子供や孫の誕生を祝って 私たちの親が与えてくれた人形たち、そして、雛人形。
人形寺に供養してもらって・・・とも考えたが、リユースを主眼にした善良(そう)な処分事業のNPO団体に依頼しようかな、とも考えている。
母は、4月3日をひな祭りの日 と決めていた。
ある時期までそれを踏襲してきたが、孫娘が生まれた時から ひな祭りは世間並みになった。
それも 孫娘の成長につれて、飾ったり飾らなかったり となった。
今年は終活で特別、3月3日を過ぎて雛人形を飾っていると嫁にゆくのが遅くなる という迷信(?)を信じて、飾るなら いまだ、ということになった。
仏壇の右わき1mほどの隙間空間に、美術書を階段状に積み並べたり 収納ボックスを逆さに向けて揃えたりして、その上に赤い毛氈を被せて 俄か造りの雛段を作った。
最後かもしれないと、長い間眠っていた副飾りの 牛車や雪洞やお膳も 皆、所狭しと並べたてた。

同じ部屋の南側壁面にある棚の上に、義母の作ったお雛さんも飾った。

孫娘に ラインで、「お雛さま、なんとか飾れたんで、また、見に来てネ」 と送信したら、動く絵文字で 「はあ~い」 と返信されてきた。
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