YAMADA IRONWORK'S 本文へジャンプ
一本の鉛筆

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気功太極拳教室の生徒さんに、11歳年長の Iさんがおられた。
四半世紀前に私が西村加代先生の教室に入門して1年ほど後に Iさんは入門されたから、ほんの少し私が兄弟子ということになる。
西村先生を継いで私が講師になってからも、ほとんど休むことなく教室に通われていた。
墨染のあたりにお住まいで、河原町御池にある教室には京阪電車で通われていた。

私は、Iさんのことをほとんど知らない。
若いころ柔道をやられていたこと、実家は横浜で 勤め先だったのだろう 長いこと室蘭におられたこと、今は奥様と二人でお暮らしのこと。
去年の暮れ お別れ会の席で「資料にいただく菊池和子先生の記事を 家内がいつも興味深く読ませてもらっています」と語られたことから、“奥様がいらっしゃる” ことを初めて確認できた、その程度に 口数の少ない方だった。
動かざること泰山のごとしの言葉通りの ゆったりした動作で、表情を顔にあまり表されない。
が、更衣室でご一緒するときなど なるべく深入りしない話題で語りかけると、柔らかな笑顔で答えてくださる、その表情の かわいらしいこと。
私は立場上 教える側であったが、Iさんからは 先輩人間としての生きざまを たくさん学ばせてもらった。

手元に、一本の鉛筆がある。
教室では 出席簿に生徒さんたちが各自出欠を記入することになっていたのだが、備え付けの鉛筆が 見当たらなくなったことがあった。
翌週の稽古日に Iさんが持ってきてくれたのが、いま手元にある六角鉛筆だ。
トンボのリサイクルペンシル「木物語」、頭に消しゴムがついている。
なんどか削ったので、だいぶ短くなってきた。
鉛筆で書くのが好きな私の、愛用筆記となっている。

この一本の鉛筆で、Iさんと私は いまも繋がっている。