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三橋節子美術館

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大津の長等山(ながらやま)は、三井寺の裏山から南に細長く伸びる 標高300m前後の丘陵である。
その南端の麓に、三橋節子美術館はある。
夭逝の画家・三橋節子さんは、私の6つ年上、昭和50年 35歳でこの世を去った。

彼女は、結婚を機に 長等山の麓に居を構え、近江の自然や歴史や風情に包まれたなかで、それを題材にした作品を生んでいった。
この地、三井の晩鐘が聞えるこの地に「三橋節子美術館」があるのも、長等への彼女のおもいを汲みとった ご遺族や行政の心遣いであろう。
緑に囲まれた閑静な美術館は、画家・三橋節子の生きざまを辿るにふさわしい、落ち着いた建物である。

三橋節子の絵は、かなしい。
号泣が聞えてくるわけではない。
すすり泣きや嗚咽のごとき、生っちょろい かなしみではない。
乱れず 冷静、それでいて 温かいのはなぜだろう。
作者の人柄というほか、なかろう。

可必館の梶川館長の言葉を借りれば、芸術作品は人間の戸籍であり、心の遺言である。
そこに宿る歴史の深層をみるとき、ひとは人生の確かな道筋を発見するのかもしれない。
三橋節子絶筆「余呉の天女」の前に佇むとき、彼女の家族との最後の旅となった余呉湖のかなしみが、身震いとなって伝わってきた。