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としまえん の エルドラド

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東京練馬区向山の遊園地 「としまえん」 は、ことし8月31日をもって 閉園した。
そのシンボルが、回転木馬 「カルーセル・エルドラド」 であった。

エルドラドは、113年前 ドイツで作られ ニューヨークの遊園地を経て、この地で94年間 廻りつづけた。
アールヌーボー様式の馬や馬車は すべて木で出来ていて、回転時間は 1分50秒、乗り場が三段に分かれ 回転中心に行くほど 回転が速い。
各段の移行スピードが同じ、そして 景色が徐々に変わっていく 「からくり」 と いうことか。

10月2日放映の NHK総合テレビ 「ドキュメント72時間」 は、閉園一週間前から三日間のエルドラド周辺の様子を 伝えてくれた。
行ったことのない 「としまえん」 のエルドラドが無性に懐かしく、この気持ちを文字に残しておきたい衝動にかられた。
72時間に登場したインタビュイーたちの思いから、見たこともないエルドラドに ものすごく愛着を抱いたのだ。

エルドラドが醸す 日常生活と違う世界、ウキウキする空間と幻想的で不思議な時間を、ナレーターの鈴木杏とともに辿ってみたい。
少し冗長になるが、「ドキュメント72時間~日本最古の回転木馬の前で」 を追う。


撮影初日

エルドラドに乗ろうと 一日中 長蛇の列、久しぶりの賑わい だという。
あたりが しだいに暗くなり、エルドラドが輝きを増してきた。
列には並ばずに ベンチに座り続ける、夫婦らしき二人連れがいた。

[インタビュアー] きょうは乗られないんですか?

[夫] きょうはね よく眺めておこうかなと思ってね。目に焼き付けておこうかなって感じかな。

[インタビュアー] お二人でよく来られたんですか?

[夫] 来ましたね。その時はまだ 結婚する前かな。

(ナレーター) 来年 結婚30年という夫婦。かって職場の同僚だった二人は デートの最後 エルドラドに乗るのが決まりだったんだって。

[夫] 若かった頃は良かった みたいな感じかしら、キャーとか言って。

[妻] やっぱり すごく混んでましたよ、ここは。 30年前とかは すごく。

[夫] きょうは そのころと ちょっと似てますね、雰囲気がね。昔 こういうふうに賑やかだったのでね。

(ナレーター) 結婚後も近所に住み、時間を見つけては 揃ってここを訪ねていたそう。

[夫] 寂しいですね、やっぱりね。時代がどんどん変わっていくのでね。だんだん自分たちも 終わっていっちゃう みたいな。そんなのと重なるみたいな感じかしら。

(ナレーター) 二人は しばらくの間、エルドラドを眺め続けていた。


最後のお客さんが乗り込んだ 夜7時半。
杖を持った男性と その娘さんとおぼしき二人連れが、ベンチに腰かけていた。

[インタビュアー] エルドラドに並ばなかったんですか?

[娘] 行った瞬間に 「営業終了しました」 ってなって 乗れなかったんですよ。

[父] これから 女房と息子二人が来るんで…

[娘] ここで待ち合わせしようって、閉館前に どうしても一回はみんなで… 家族で思い出の場所だから 来たいねって話をしてて。 それで きょう やっと来れたって感じです。

(ナレーター) 埼玉から来た親子。 自営業で忙しいお父さんだったけど、休みができると 家族でここに来ていたという。

[娘] 小ちゃいときとかって 馬にまたがりたかったんですよ、どうしても。 それこそ お父さんと一緒に乗ってもらうとか。 覚えてる?

[父] あぁ うん、よく覚えてるよ。

(ナレーター) きょうは 娘さんの提案でやってきた。 それには 訳があるみたい。

[娘] 5年前に脳出血しちゃって、父が。 後遺症が思ったより きつくて、倒れた直後とかは けっこう大変で…

(ナレーター) 一命はとりとめたものの、お父さんは 右半身のマヒや言語障害が残ったという。 以来 家族みんなで リハビリを支えてきた。

[父] 一年ぐらい 家族に支えられて リハビリがんばりました。

[娘] がんばったから きょう来れたって感じです、大げさですけどね。

[父] アッ あそこに来てる。

娘さんにささえられてベンチから立ち上がったお父さんは、杖を突きながら 奥さんと二人の息子さんがいる方へ。 家族五人が合流。

[母] 娘が取ったら たまたま、あっという間に取れたんですね チケットが。 なので いいご縁だったのかなって、思いが伝わったのかなって、勝手に思いました。

[娘] まぁ みんなで ゆったり来られたね。

[父] ハイ。

(ナレータ) エルドラドには乗れなかったけれど、家族の思い出は またひとつ 増えた。
夜8時、エルドラドは消灯。


撮影二日目。

列の中で 熱心に話し込む二人がいた。

(テロップ) 元板金職人の男性 76歳、と その通訳介助者の女性。

[インタビュアー] おはようございます。

[介助者] NHKさん?(男性に向かって) NHKさんです。

[男性]  私は視力と聴力両方に障害があるんで、彼女は通訳介助者で来てくれているんで。 わたしは もう これ(エルドラドのこと) だけを狙ってきた、 一度 乗ってみたくて、無理やり頼んじゃったの。

(ナレーター) 40歳の頃から 病気で徐々に視力が衰え、難聴にもなったという男性。 なんと 人生で初めてのメリーゴーランドなんだと。

[男性] 外国の映画みても メリーゴーランドが出てくる場面が多いんで 気にはなってたんだけど、自分が乗るのは 恥ずかしかったから。 そのころ若い時って これは男の乗るもんじゃないよ とかあるでしょう、へんな意地っ張りが。

(ナレーター) ひそかに抱いていた メリーゴーランドへの憧れ。 ずっと忘れていたけど、閉園のニュースを聞いて 無性に挑戦してみたくなったんだって。

[男性] 馬らしいね。 (木馬にまたがって 首筋をポンポンと叩きながら) かわいい。 自分に もともと入っているわけでしょう、メリーゴーランド.の形が。 それを思い出しながら… けっこう速い感じがするね、スピード感があるからね、風があって。

(ナレーター) 体と記憶で感じる 憧れの世界。

介助者の助けを借りて 出口ゲートを通っていく男性。

[男性] 楽しかったよ。

[エルドラド係員] また お待ちしております。

エルドラドをバックに、男性は語り続ける。

[男性] わたし ジョン・ウェインの大ファンなんでね。ジョン・ウェインになった気分で馬にまたがったんだけど、正直言って もう一度 乗ってみたいなって思います。

[介助者] じゃぁ もう一回 並びますか?

[男性] ハッハッハ

(テロップ) エルドラドは、スペイン語で 「黄金郷」 を意味する。


息子家族と 20年振りに訪れた女性。

[女性] 子どもたちが小ちゃいときは、わたしは 家で掃除したいために、うちの夫と子どもたちと (としまえんに) 一年中行ってもらってた。 本当は もっと子育てを楽しみながらいけばよかったんだけれど、自分も若かったし 仕事も忙しかったし、時間に追われて…

(テロップ) あのころは 楽しめなかった景色、きょうは 違って見えた。

[女性] こんなにきれいだったのかなって、しみじみと。 ほんとに (来て) よかった。

(テロップ) 時代を超えて 変わらずに廻り続けた エルドラド。 その姿を通して 人は 自分の 「今」 を見つめる。


撮影三日目。

きょうも 朝から大賑わい。

(ナレーター) 列に並ばず エルドラドのまわりを 行ったり来たりする男性がいた。 撮影かな?

[インタビュアー] すみません 突然。 熱心に撮られていたんで…

[男性] 昔 家族で来たことがあって、それから あまり 来たことがなかったんですけど、思い出をもう一回 振り返りたいなと思って…

(ナレーター) 両親と妹の四人家族。 中学生の頃は よく遊びに来たという。(テロップ:製造業32歳)

[男性] 最近 家族がいろいろあって、あまり 一緒にいることがなくなってしまったんですけど、(両親が)離婚まではいかないんですけど、家族内で軋轢がありまして…

(ナレーター) 自分の力では どうすることもできない現状。もんもんと過ごす中、ふと思い出に触れたくなった。

[男性] ほかの家族さんとか見てて、当時 自分たちも そんな感じで 仲良く過ごしてたのかなと思うと、あのころに戻りたいなって思いはあります。 寂しいんでしょうね、今が 一人っていうのが。

(ナレーター) 撮影するうちに 少しだけ 気持ちに変化があったみたい。

[男性] (当時)馬が 妹と二人で乗ったりして すごい懐かしいというか、妹とかに 「撮りに行ったよ」 っていうのを きっかけじゃないですけど(動画を)送って 反応をみたいな と。妹にも あの頃を思い出してほしいな と…

(ナレーター) 大切な思い出は、ときに 人を強くしてくれる。


(ナレーター) 竹の籠? 竹の笊? ずいぶん個性的な服装。(テロップ:どじょうすくいの師範、女性68歳)

[インタビュアー] どじょうすくい?

[女性] はい。はまってしまいまして。あのぉ 師範になりまして。

[インタビュアー] 師範とか あるんですか?

[女性] 3級から あるんですけど。

(ナレーター) この道 25年。 都内で どじょうすくい教室を開いている というけれど、すごい。 気合が入っている。

[女性] としまえんさんは 94年じゃないですか。 その中の歴史の中に わたしも入っていますから。 わたしの集大成として としまえんで こういう格好をしたい と。

(ナレーター) 聞けば ここは、幼い頃の 母親との場所。 シングルマザーで 仕事も忙しかったけど、よく ここに連れて来てくれたそう。

[女性] 父がいなかったから よく 母はわたしを かわいがってくれましたね、その分ね。 「晴れているから行こうか」 って言って 一緒に出かけたりして。

(ナレーター) でも 二十歳の時、母親が認知症に。 女性は仕事を辞め、介護を13年続けてきたけれど、母親は 亡くなった。

[女性] あのぉ むなしさからの出発って あるじゃないですか。(母を亡くして) けっこう むなしかったですよね。

(ナレーター) 気付けば 30代。 たった一人の家族を失った喪失感だけが残った。 そんな時 出会ったのが、どじょうすくい だった。

[女性] 笑いっていうのは、自分も救われるし、人を楽しませてあげれるし、今までやってきて 乗り越えられたかな という気がしますね。

(ナレーター) むなしさ の中で見つけた 自分の生き方。 この姿を 母親に見せたい と、ここに来た。
「としまえん ありがとう」 と書かれた手看板を 胸に抱えて、彼女は 回転木馬にまたがった。

[女性] 親としては、25年間 どじょうすくいをやってきた ということは まぁ 「ずいぶん頑張ったね」 なんて言ってるかもしれないですね。

(ナレーター) 思い出が詰まった この場所で、女性は ずっと笑っていた。


この撮影が終わった 5日後、エルドラドは動きを止めた。
しかし エルドラドは、この撮影のインタビュイーたちに代表されるように、忘れ得ぬ人生の1ページをエルドラドで飾る すべての人々の心に、走馬灯のように いつまでも廻り続けるであろう。
わたしの脳裏に いまだに走り続けている、奈良ドリームランドの木造ジェットコースター 「ASKA」 のように。