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永観堂のモミジ

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浅田次郎の作品に、「活動寫眞の女」という小説がある。
昔の日本映画に写る美女・伏見夕霞と 二人の京大生・三谷薫と清家忠昭 そして三谷の下宿同居人・結城早苗が織りなす、幽世(かくりよ)の物語である。
幽世の物語と言っても 軸足は現世(うつしよ)、ときは 学生紛争まっただ中の昭和44年、ところは 京都である。
この小説は 実に興味深いし その内容に言及したいのだが、ここでは それが目的ではない。
この小説のラストシーンに描かれている永観堂に触発されて、モミジの名所・永観堂を訪ねたい、そう思ったのだ。

実は、京都に住まっていながら 永観堂は、ちょっと遠い存在だった。
尋ねるのなら やはりモミジの季節 と思いつつ、去年までの狂ったようなインバウンド恐怖心から、避けていたのだ。
コロナ禍のことし、平日なら ソーシャルディスタンスとやらも取りやすかろうと思い、連休前の11月17日 永観堂を訪ねた。

どうしてどうして、人気スポット・永観堂は この時期、平日でも観光客で大繁盛である。
それでも 感染防止対策の行き届いた拝観要領で、安心してモミジ狩りが楽しめた。
やはり、数ある京都のモミジ名所の中でも 永観堂は、ダントツに 名所の名にふさわしい。
苔の緑とモミジの紅の溶け合い 、東山山麓を這い上がるように続く回廊、その回廊から眺める 近景の岩垣紅葉 遠景の京都の街並み、回廊がつなぐ釈迦堂 御影堂 開山堂そして阿弥陀堂、阿弥陀堂で拝する見返り阿弥陀立像、そして きつい石段の先に建つ多宝塔から 錦繡の濤の向こうに見下ろす 古都・京都。
どれをとっても、ため息の出る美しさである。

冒頭の小説の中で、薫と早苗は 彼らの青春を登りつめるように、開山堂から阿弥陀堂に至る 急な階段回廊・臥龍廊(がりゅうろう)を登った。
半世紀前 わたしも、小説の中の時と所を共有していた。
遠い遠い、大切な大切な、思い出である。