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備讃瀬戸

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宇高連絡船を頻繁に利用していたころ、備讃瀬戸の名を知った。
塩飽諸島という名の響きにも惹かれた。
公害という言葉が、ようやく社会に定着し出したころである。

新居浜の明屋書店で買い求めた書物、宮本常一著 『私の日本地図・備讃瀬戸編』 は、瀬戸内のこの海域に心を奪われるきっかけとなった。
同書は、その10年ほど前の昭和30年代に、著者がこの地方を訪ね歩いた見聞録である。

当時は、環境を破壊する経済活動に、破壊する側にいた罪悪感もあって、大きな疑問を抱いていた。
だが、風景の美しさだけでは食ってゆけなかったのも事実である。

『私の日本地図』 を手に、仕事の合間に訪れた島々を、半世紀近く経った今、もう一度訪ねてみたくなった。
体の調子と相談しながら時間の許す限り、備讃瀬戸の現状を確かめてみたい、できればその思いを綴りたいと思う。