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新聞の文字

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年末の大そうじの いち光景。
畳の下に敷かれた古新聞の記事を 懐かしがって読んでいて、「いつまで油売ってんのぉ」と 小言を浴びせられた記憶。
遠い日の、大切な思い出である。

古くなった新聞ほど いま、値打ちのないものはない。
もちろん トイレ紙にも使われないし、うどん玉の包み紙にもならない。
使いきった天ぷら油の吸い取り紙か クッション材くらいのものか、古紙回収へ回されるのが オチだろう。
そもそも、新聞をとるという家庭が 激減している。

新聞の文字は、儚い。
明日になれば、読まれる可能性は 無限に少ない。
時事記事は なるほど一日たてば、色あせる。
文芸記事ですら、時を置いて 読み返される可能性は 低い。

それでも、と思う。
記者は、この記事を書くのに どれほどの精力を費やしたことだろう。
一字一句 それこそ俳句の字句を選ぶごとく、全神経を注いで 練ったにちがいない。
もったいない、と思う。
新聞切り抜きは、そんな思いから 半年遅れながら なんとか続けている。

切り抜きファイルを読み返していて、再度 心打たれた記事がある。
冗長になるが、その全文を 下記したい。

「稀勢と競い 沸かせた土俵」
 琴奨菊の相撲人生で、稀勢の里(現・荒磯親方)は良きライバルだった。
 2002年の初土俵から新十両、新入幕、新大関のいずれも ひと場所違いで、抜きつ抜かれつ、
 競うように昇進していった。
 ともに幕内で過ごした13年余りのうち、5年間は大関で番付を並べた。
 がぶり寄りの琴奨菊に、左四つの稀勢の里。
 持ち味をぶつけ合い、人気力士として土俵を沸かせた。
 引退会見で、琴奨菊は「三番稽古を誰よりも熱くした」と振り返った。
 同じ二所ノ関一門で、連合稽古でも何度も肌を合わせた。
 「無我夢中で食らいついて、自分にどこか気後れや力を抜くそぶりがあれば、壊されるのではないかと思った。
 前日からしっかり準備して稽古に臨んだのが懐かしい」
 幕内での対戦は歴代最多の66回。
 番付が離れれば対戦がない角界で、高い地位に長く一緒にいたからこその回数だ。
 稀勢の里が横綱に昇進した17年、琴奨菊は関脇に転落したが、
 直接対決は琴奨菊が36勝(不戦勝2を含む)と勝ち越した。
 最後の対戦は18年初場所、平幕の琴奨菊が金星を挙げた。
 今なら誰と対戦したいか、と問われた琴奨菊は、迷わず答えた。
 「それは稀勢の里関ですね」。
 大相撲の歴史に残る、ライバル物語を残した。
   朝日新聞 2020年11月17日の囲い込み記事(記者:菅沼遼)