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聖林寺十一面観音との再会

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11年前の6月22日、これが最後とのおもいで、奈良・桜井市の南にある聖林寺を訪ねた。
十一面観音立像に会うためであった。
車でないと とても、この「下(しも)」という山里まで来ることはできまい、免許証返納をまじかにして そう思ったのだ。

このときの記録に、こう ある。
   たぶん もう拝顔できるのは、これが最後だろう。
   しっかり この眼に焼き付けておこう、死を宣告された人間の言うことのように つぶやいていた。
   長い間、いや 長い間とも意識せずに、立像の前に突っ立っていた。

振り返って思うに、このときの拝顔は、ちょっと がっかりしていたような気がする。
学生時代 この観音像に惹かれて、和辻哲郎の『古寺巡礼』を携えながら 幾度となく訪れた、聖林寺。
あの頃の 胸がざわざわする感動が、11年前の「これが最後」とのおもいで 向き合ったお姿に、正直 感じきれなかったからだ。


いま 奈良国立博物館で、「三輪山信仰のみほとけ」と題して 聖林寺十一面観音が 24年ぶりに公開されている。
コロナ禍のさなかに との躊躇はあったが、三回目のワクチン接種も済ませたのだから と、2月26日 寒さの和らいだ土曜日、奈良へ出かけた。
目的は もちろん、聖林寺十一面観音像との再会である。
奈良博へなら、地下鉄烏丸線の延長上 乗り換えなしの近鉄急行で、容易に訪ねることができる。

「仏像拝観はお堂で」との頑なな“主義”は、十分な「足」を持たない者には 絵空事であると、気付き出している。
それに 奈良博に安置された この立像は、囲いもなく 360度どの方向からも 拝することができる。
このたび このみほとけを 向かって左側面から拝して、学生時代に感じた美術品としての感動を飛び越して 不思議にも、信仰の心が 湧きあがった。
ゆっくり一周して 再び正面に立って、写真写りが悪いと思い込んでいたお顔を 正面から拝して、「慈悲」という言葉の真意を見た。
なんと慈しみ深いお顔であることか。
この歳になって はじめて、信仰の対象としての仏像を認識できた気がする。

もう一体、心惹かれる仏像に会った。
この催しに 同時出展された、法隆寺の地蔵菩薩立像である。
はじめての出会いである。
法隆寺の大宝蔵院には 10年前 百済観音に会いに行っているはずだが、ここに常時安置されているという この地蔵菩薩に気付かなかった、ということか。
聖林寺十一面観音の脇侍として 大神神社(おおみわじんじゃ)の神宮寺「大御輪寺(だいごりんじ)」に安置されていたという この地蔵菩薩立像は、平安時代初期作の 榧(かや)の一木造りである。
等身大の肉厚な躯に載る お顔の、なんともいえぬ 穏やかさ、思わず 手を合わせたくなった。
大きな得をした気分である。


このたびの 聖林寺十一面観音との再会は、わたしにとって 大きな収穫であった。
わたしの心の中でずっと もっとも美しい仏像としてきた この像が、正しい認識であったことが はっきり判ったこと。
それに加えて、いままで美術品として拝してきた仏像が、聖林寺十一面観音を通して、そして 併設の法隆寺・地蔵菩薩立像をも通じて、やっと 信仰の対象にすることができたこと。
ありがたいことである。