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この国に生まれてよかった

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村下孝蔵のCDアルバムを 低いボリュームで聞き流しながら、眠気を誘う ちょっと難しそうな本を読む、これが わたしの「入眠儀式」です。
このアルバムの終わりごろに流れる『この国に生まれてよかった』まで辿り着くと、上瞼が下瞼にかぶさってきます。
夢うつつで聞く『この国に生まれてよかった』の歌詞のきれぎれが、なぜか 心のどこかに残っているのです。

先日 久御山の工場へ出社するため、近鉄急行「奈良」行の列車に乗っていました。
「丹波橋」の駅で長いあいだ停車後、ゆるゆると次の駅「桃山御陵前」までたどり着くと、アナウンスがありました。
向島と小倉のあいだの踏切で人身事故があり 停車しております、とのこと。
半時間ほど経っても 列車は動かず、アナウンスは「運転再開の目途は立っておりません」と謝るばかり。
危うく舌打ちしそうになって、6年前放映された 坂元祐二のテレビドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』の一場面が浮かんできて、はっとしました。
「連」役の高良健吾が、恋人「音」の有村架純に、こう言うんです。
  「・・・人身事故がありました というアナウンスがあって」
  「そういう時に、隣にいた人が、普通の人が、チェッて 舌打ちするんです」
  「電車 何分遅れる とか、そういうの聞いた時、なんか、よくわからないんだけど、なんか、よくわからない
   気持ちになります」
冷静になれて よかった、「桃山御霊前」で下車して、タクシーで久御山工場へ向かいました。
駅前で拾ったタクシーの運転手さん、地元愛のあふれる人で、イレギュラーな目に遭われたんだから ちょっとでもお得な気分を味わってもらいます と、素敵なルートで 目的地へ運んでくれました。

東高瀬川(ひがしたかせがわ)という、京都市伏見区を北から南へ流れる小川があります。
流れる水は 琵琶湖疏水で、宇治川に注ぐ運河です。
タクシーは 第二京阪道路下の油小路通り(新堀川通り)に出るべく、大手筋通りの一つ南の小道を西へ向かいました。
東高瀬川を渡る橋の上で停車してくれた運転手さんに案内されて 北の方を眺めると、両側の土手一面に 菜の花。
黄色の菜の花絨毯のところどころに、ユキヤナギの白と 桜の薄桃色が点描され、遠景に松本酒造のレンガ煙突と仕込み蔵。
まるで、坪田譲二の物語に出てくる情景のような、懐かしさがこみあがってくる景色です。

わたしの耳には、村下孝蔵がうたう『この国に生まれてよかった』の きれぎれの歌詞が、流れているようでした。