はらだみずき著 『海が見える家』 全四巻 |
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朝起きて 顔を洗い、しっかり乾いたタオルで 濡れた顔を拭く。 洗剤のいい香りが ほのかに鼻腔の嗅上皮をくすぐり、もっと嗅ぎたくて 深呼吸を大きく三回くりかえす。 この 毎日やっている動作を、毎日くりかえせることの不思議。 あぁ、これが生きている証しなんだ と。
はらだみずき著『海が見える家』最終卷「旅立ち」を もう少しで読み終えるのだが、あとちょっとのクライマックスを さいごの楽しみにおいてある。 このシリーズの初卷に嵌まったのは、5年前になる。 仕事の第一線から離れ、有り余る時間を謳歌し尽くしたような錯覚で、毎日の生活が冴えなく思う「贅沢病」に陥っていた時期だった。 読書にも 新刊書のほとんどが女性作家で占められていることに少々辟易していたとき、家内の本棚に「はらだみずき」という 男性らしき作家の著者名の付いた小学館文庫本を見つけた。 それが、『海が見える家』だった。 冴えない主人公が手探りで見つけ出す幸せのあり様に、心が震えた。
はらだみずきの“俄かファン”になった私は、単行本の『銀座の紙ひこうき』『やがて訪れる春のために』、それから『海が見える家・それから』『海が見える家・逆風』と 読んできた。 そして いま、最終巻「旅立ち」のクライマックス。
幸せとは何か? 書店員の沢田史郎さんが「解説」で語っている通り、例えば「『いいね!』をいくつ貰ったかより、自分自身に『いいね!』と言えるか?」、あるいは「ランキングだの星がいくつだのより、好きか嫌いか自分の心に訊いたらどうだ?」ということなのだろう。
『海が見える家』の主人公 緒方文哉が、語りかけてくれる。 毎朝 無事に目を覚まし、起きて顔を洗い、いい香りのするフェイスタオルで顔をぬぐい、深い深呼吸を三回もできる朝を、毎日 迎えることができること。
これが 私の幸せなのだ、と。
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