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安乗岬灯台

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僕たちの通っていた小学校・中学校は 今でいう 「小中一貫校」で、ときどき 講堂の暗幕カーテンを閉め切って映画を上映して生徒たちに見せてくれていた。
高峰秀子・佐田啓二主演の映画 『喜びも悲しみも幾年月』も、そのひとつだったように記憶する。

日本各地の辺地に点在する灯台を転々とする灯台守夫婦の物語なのだが、その舞台となる灯台のひとつに 安乗岬灯台が登場する。
この映画をみてから中学を卒業するまでの間に 僕たちは、安乗岬灯台を10回近く訪ねた。
岬の埼にすっくと立つ四角形の白い安乗岬灯台は 文句なく美しいと感じたし、映画に登場する灯台のなかで日帰りで行けるのは 安乗岬灯台しかなかったから。
安乗岬灯台は 正しくは 「安乗埼灯台」なのだが、僕たちは 「安乗岬灯台」で通していた。

ここで<僕たち>とは、わたしと わたしの幼友達の “まっつん”のことである。
灯台に魅了されたのは わたしであって、まっつんは わたしの熱意に しかたなくついて来てくれたのかもしれない。

3000を超える日本の灯台に 灯台守はもういない、すべて無人化された。
そして 霧信号所もなくなり、霧笛を聞くこともなくなった。

映画 『喜びも悲しみも幾年月』のラストシーン。
御前埼灯台の踊り場手摺から身を乗り出すようにして 双眼鏡で夜の駿河沖を航行する外国航路客船を探す灯台守夫婦、その船にはエジプトのカイロへ向かう娘と新婚の夫が乗っている、船を見つけて眼下の霧信号所へ白いハンカチを必死に振って霧笛を鳴らすよう合図する灯台守、船のデッキに立つ新婚夫婦は霧笛を聞き 夫は汽笛で答えるよう 船長に頼みに走る。
霧笛と汽笛は、黒い海原を飛び交って 互いの想いを交す。
映画のこのシーンは、灯台守も霧笛も存在しない今、完全に幻となってしまった。

わたしの中の 「安乗岬灯台」は 今も、幻ではなく しっかりした思い出として 生き続けている。